シンデレラというお話をご存知ですか?
 ガラスの靴で有名なお話ですね。
 シンデレラは24時になると魔法が解けてしまうため、あわてて帰るわけですが……。
 もしも、シンデレラが楽しさのあまり約束を忘れて24時を王子とともに迎えてしまったらどうでしょうか?
 王子の前で魔法が解け、元のみすぼらしい姿に戻ってしまったら。
 シンデレラの運命はどうなっていたでしょうか?

 約束を破ってしまったシンデレラのお話。
 24時の鐘の音とともに、お話は始まります―――。

シンデレラの御者

ごぉぉ〜ん。
 12時を告げる鐘が鳴る。
 お願い間に合って。
「シンデレラ!」
 ボクは叫んだ。シンデレラがゆっくりとこちらを見る。ボクは全力で走る。
 魔法が、解けた………。
 シンデレラのふわふわのドレスは、光の粉になって、霧みたいに消えてしまい、普段のつぎあてだらけの服に。
 王子様は目を見開いてシンデレラを見つめている。

 シンデレラ。
 ボクに出来ることはここまでだ。
 きっと、きっと幸せになって……。



 ボクは、舞踏会に出席するお姫様が乗る馬車の御者としてお城に来ていた。
 少し時間を巻き戻して、ボクたちがお城に到着したところから、お話ししよう。

 空に打ち上げられた花火の色彩豊かな光が、お城の壁を照らす。
 ボクは御者台の上でお城の尖塔屋根を見上げる。懐かしいなぁ、この光景。
 手綱を引いて馬の脚を止めると、ボクは御者台から降りて、深緑色の馬車の扉を開いた。
馬車の内装は、オレンジ色。椅子の上には、ふわふわのドレスに身を纏った、美しい娘さん。
「さあ、お城に着きましたよ、お姫様」
 ボクが声を掛けると、彼女は頬を赤らめ、
「いやだわ、お姫様なんて」
と焦って否定する。
「いえいえ、何を言ってございます。貴女は今宵、この国で、いいや、もしかしたらこの世界で一番美しいかもしれない、シンデレラ姫ですよ」
 ボクがすっと手を差し伸べると、シンデレラはボクの手を取り、しずしずと馬車を降りた。
「それでは、舞踏会を楽しんできてくださいね。ボクは馬車乗り場で待っていますから」
「わかったわ」
 シンデレラはこくんと頷いたが、その瞳は既にボクを見ていなかった。
 花火に照らされ、楽しげな音楽が聞こえてくる美しいお城を、うっとりと見つめている。大丈夫かなぁ。心配になったボクは、最後にもう一度、忠告しておく。
「いいですか、シンデレラ姫。魔法使いのお婆さんとの約束を、絶対忘れちゃいけませんよ。12時前には、ボクのところに戻ってきて下さいね。絶対ですよ」
「大丈夫よ」
 シンデレラはそう言ってにっこりと微笑むと、ドレスの裾をちょいと持ち上げて、お城の出入り口に向かって駆けていく。
「それと!お姫様はそんな風に走っちゃいけませんからねーーっ」
 ボクはシンデレラの後ろ姿にそう叫んだけれど、きっともう、聞いてはいないだろうなぁ……。

 馬車乗り場まで移動して、ボクは、12時になるまでの数時間を待つことにした。
 懐かしいお城を眺めながら。
 ボクは1年くらい前まで、このお城に住んでいた。主な縄張りは厨房付近。だけどある日、コック長に見つかって殺されかけて、命からがらお城から逃げ出したんだ。
 それから、行く当てもなく彷徨って、空腹に耐えかねたボクは、適当な家の厨房に忍び込んだ。
 そこで、見つかっちゃったんだ。シンデレラに。
 つぎあてだらけのボロボロの服を着て、台所仕事をしているシンデレラは、そんな格好でもとっても綺麗で可愛くて。ボクは思わず、逃げるのを忘れてしまった。
 そんなボクに、シンデレラは優しく、食べ物を分け与えてくれた。
「これを持って、お義母様やお義姉様達に見つからないように、そっと逃げるのよ」
 情けない事にボクはその後もずっと宿無しで、ちょくちょくシンデレラに食べ物をわけてもらって生活していた。
 いつかシンデレラの為に何かしてあげたいと思いつつも、無力なボクは、シンデレラがお義母さん達にいじめられて泣いているのを、ただ言葉で慰めてあげるしかない、歯がゆい日々を送っていた。
 だから今日、こうしてシンデレラの役に立ってあげられる事は、とっても嬉しい事なんだ……。
「ちょっと、ちょっとアンタ」
 なんだよ、人が物思いに耽っている時に。
 そうさ、泣いてなんかいないさ。シンデレラが王子様に見初められて幸せになる。シンデレラが幸せなら、ボクだって幸せなんだからさ。
「コラ無視すんな、ボケネズミ」
 ぼ、ボケネズミ?失礼な。
 ぐるりと首を回して、声のした方向を見ると、そこには、魔法使いのお婆さんが立っていた。
「なんだ、聞こえていたんじゃないの」
 お婆さんは魔法の杖を振り回しながら不満そうに言った。この杖で、ほんの1時間ほど前に、カボチャを馬車に、ボクの友達を馬に、そしてボクを御者に、シンデレラの服をドレスにしたのだ。
「な、何か用ですか?」
 あれだけの魔法が使えるお婆さんだ、ボクは多少緊張しながら訊ねた。
「いやー実はね、アタシも見てのとおり、あんまり若くないじゃない?ダメなのよねー、最近疲れ易くって。アンタ達に魔法をかけ続けているのも疲れるからサ、シンデレラが帰ってくるまで、前の姿に戻っていてくれないかな」
 お婆さんは凝った肩を揉みほぐす仕草をしながらだるそうに言った。
「ええ?でも、例えば予定より早くシンデレラが戻って来たりしたら、困るじゃないですか」
「ああ、そりゃナイナイ」
 お婆さんはぱたぱたと手を振って否定する。
「舞踏会が楽しすぎて時間が過ぎる事はあっても、早く帰ってくるこたぁ無いね。でも、心配だったら、また御者の姿に戻る方法を教えてあげる。御者に戻りたかったら、アンタの尻尾を3回、ぐるぐる回しな」
「尻尾、ですか」
「そうだよ。わかったら、とっととネズミにお戻り!」
 そう言うとお婆さんはボクにさらなる反論のスキを与えずに、魔法の杖を振りかざした。
 途端に、ボクの姿は、元のネズミに戻ってしまった。馬車もカボチャに、馬もボクの友達ネズミに戻ってしまった。まさか、シンデレラのドレスまでは戻っていないだろうな。
 ボクの心配を余所に、お婆さんは
「あー疲れた。テレビでも見ながら一休みするか」
と言ってフっと消えてしまった。
「チ、チュー……(も、戻っちゃったよ)」
「チュチュチュー(仕方ないだろ)」
 友達ネズミが、ボクの肩をぽんと叩く。
「チュッチュチュチュ(それよりさ、お前ちょっと城の様子を見てきたらどうだ?ここの見張りは俺がやっておいてやるからさ)」
 ええ?お城の中に?
 そりゃあ、このお城は、勝手知ったるかつての住処だ。けど。
「チュウ(気になるんだろ?シンデレラがさ)」
「チー……(うん……)」
「チュチュー!(行ってこい!)」
 友達にばんと背中を押され、ボクは走り出した。
 ああシンデレラ、どうかあなたが、上手く王子様に見初められて、幸せになりますように!!

 大広間では、優雅な音楽が流れ、煌びやかな衣服に身を包んだ男女がペアになってダンスステップを踏んでいた。
 シンデレラ、シンデレラは何処だ?
 ボクは、ダンスステップを踏むたくさんの足に踏まれないように気を付けながら、広間の床を駆け回った。
 そしてやっと、ふわふわドレスのシンデレラを見つける。
 良かった、ドレスの魔法までは解けていなかったんだ。
 シンデレラの硝子の靴を履いた足は、他の皆と同じように、ダンスステップを踏んでいた。
 ボクがシンデレラのダンスの相手を確認すると、相手はなんと、王子様だった。
 良かった。
 安堵の気持ちとともにもう一つ、ボクの胸の中に言い表せない靄みたいなモノが生じたけれど、ボクはその靄に気付かないフリをする事にした。
 だってボク、シンデレラの幸せを喜ばないなんて、おかしいじゃないか。
 そう、シンデレラは王子様と一緒に幸せになるんだ。シンデレラと王子様は素敵な夫婦になって、いつまでも見つめ合って……って、あれ?
 王子様を観察していたボクは、気付いてしまった。
 王子様、もうはやシンデレラを見てないじゃん!!
 ボクは、王子様の視線がシンデレラの肩越しに、違う女の人を見ているのに気付いてしまった。
 なんてことだ。もうはや王子様は他の女に目移りしている。
 王子様が余所見をしている相手の女は、美しいけれどおっとりした感じのシンデレラとは正反対の、キツめの美女。胸元が開きスカートには深いスリットが入った、ボディラインを強調した深紅のドレスがよく似合う。
 男は時として、自分のそばに居る女の子と違う魅力を持った女にも惹かれるものだ。
 まずい、まずいぞシンデレラ!
 なんとかしなくちゃ。でもボクに何ができる?
 咄嗟にボクは走り出した。
 広間の隅に並べられた椅子に、何人かのお嬢さんが座ってお喋りに講じている。その中の一人のお嬢さんが、紅い大きなレースのリボンを付けていた。
 ボクはそのお嬢さんの背後の壁を駆け上り、お嬢さんの頭の高さに到達すると、リボンに向かってえいっと跳んだ。
 リボンの端に上手く噛み付き、床に着地する。
 リボンはするするっとほどけた。
 ボクは一目散にそこから逃げ出した。背後で、「ちょっとあなた、リボンが落ちちゃったんじゃない?」「うそぉ、どこで落としちゃったんだろう」などという声が聞こえてきたけど、ボクは振り返りもしなかった。
 広間を出て、次に狙うはクロークコーナー。
 お客さんたちが預けた上着の中から、良さそうな物を見繕う。
 うん、この、黒いシフォンのストールなんかいいんじゃないかな。まぶしたみたいに小さな宝石がいくつも付いていて、とても綺麗だ。これも、いただきまーす。
 ボクはクロークで働いている使用人の目を盗んで、シフォンのストールも口にくわえて走る。
 えぇと、後は、何が必要かな。
 ボクは注意深く周りを見ながら廊下を走った。料理を運んでいる使用人の女の子とすれ違った。
 料理を運ぶ使用人には、黒い膝までのワンピースが制服として支給されているようだ。
 うん、この服もいいな。問題は、どうやってこれをいただくか、だ。
 ボクはちょっと思案してから………。
 ぐるぐるぐるっ。
 人目のない柱の陰に隠れて、尻尾を3回、回した。
 途端に、ボクの姿は只のネズミから、御者に早変わりする。
 御者の姿で柱の陰から出て行くと、丁度、さっきの使用人の子が料理を運び終えて、戻ってくるところだった。
 女の子はボクを見つけると、にっこりと営業スマイル。
「使用人の方は、外か控室でお待ちになっていただけますか」
 ボクもにっこり笑い返す。
「そうなんですが、私の主人に、これを持ってくるように頼まれてしまって」
と、手にもっていたレースのリボンとシフォンのストールを持ち上げる。
「わがままな主人だと大変です」
 ボクが笑ってみせると、女の子も、
「まあ」
と、営業スマイルから本当の笑顔になってくすくす笑い出す。
「どこも大変なんですね」
「おや、あなたの所も、大変なんですか」
 と、調子を合わせてみせると、女の子がすっかりボクに対して警戒心を解いたのがわかる。
「どうですか、お時間があれば、少しどこかでお話しませんか」
「そうね。私達使用人の控室が、厨房の奥にありますけど。今は忙しくて、誰もいないかも……」
 ボクの誘いに、女の子は上目遣いでそう答えた。

 その後数十分の出来事は、あえて説明を省かせてください。

 とにかくそういった経緯で、ボクは使用人の制服である黒いワンピースも手に入れた。
 もっともっと、材料を集めたいけれど時間がない。
 ボクはワンピースとリボン、ストールを持ってお城の裁縫室へと急いだ。
 舞踏会だからだろう、普段ならお針子達で賑わっている裁縫室も、今日は誰一人居らず、しぃんとしていた。
「チュチュチュっ(だあれ?)」
 部屋の隅から、聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。
 壁の穴から、一匹のネズミが顔を出している。懐かしい顔だった。
 ボクがまだこのお城に住んでいた時の幼なじみの女の子ネズミだった。
「チュチューチュチュチュ。チュチュチュチューっ」
 人間の口でネズミ語を発するのはなかなか難しかったけれど、ボクはなんとかこれまでの事情をかいつまんで話して聞かせた。
 すると、
「チッチュー(まかせて)」
と、壁の穴からぞろぞろと、ボクのかつての仲間達、何匹ものネズミ達が出て来てくれた。
「チューチュウー(あたし達、針仕事は見よう見まねでなんとか出来るわよ)」
「チュワーっ(ありがとうっっ)」

 かくしてボクが集めてきた材料は皆の協力を得て、一着のドレスに生まれかわった。
 黒のワンピースは袖と衿部分を思い切ってカットしてオープンショルダーに。ショール風に赤いリボンを縫いつける。スカートの裾にはギャザーを寄せながら黒のストールを。
 乙女っぽいシンデレラのドレスとは対照的な大人なドレス。
 ボクはそのドレスを抱えて広間まで走りに走った。
 だけど、だけどさ。
 本当はボク、こんなに頑張らなくたって、いいんじゃないの?
 王子様の興味が他の女に向いてしまえば、シンデレラはまた、元の生活に戻るだろう。
 あの家の台所で、これからもずっと、ボクに食べ物をくれて、ボクとお喋りしてくれるだろう。
 ボクの足が止まりかけた。
 シンデレラが王子様に見初められちゃったら、その生活が、なくなっちゃうよ?
 でも、でも……。
 しっかりしろ、ボク。いつか、シンデレラの為になることをしてあげようって、初めて食べ物を貰った日から、決めていたじゃないか。
 ボクは再び、走り出した。
 大広間の入り口が見えた、その時だ。
 ごぉぉぉ〜ん。
 大きな鐘の音が一回、鳴り響いた。
 もしかして、この鐘の音って……12時?
 ボクの頭の中は真っ白になった。
 12時になったら、魔法が解けちゃう!その前に、シンデレラ、このドレスを……!
 大広間に入ろうとするボクを、守衛が止めようとしたが、ボクはその腕をかいくぐって、大広間に突入する。
 ごぉぉぉ〜ん。
 二回目の鐘。魔法が解けてしまう時は近い。
 大広間の中央で、音楽が続いているにもかかわらず、立ち往生してしまっているシンデレラと王子様がいた。
「これは、12時の鐘?どうしましょう!」
 シンデレラは今の今まで、時間を忘れて王子様に付きっきりだったみたい。やっぱりね。魔法使いのお婆さんが言ったとおり、12時までに馬車乗り場に戻るなんて無理だったね。
「12時ですが……何かご用事でもあったのですか?」
 王子様は物腰柔らかに訊ねながらも、視線がちらりと他のお嬢さんに。あっ、コイツ、シンデレラが帰ったら他の女の人をダンスに誘おうとしている。
 シンデレラが今帰ってしまったら、王子様は他の女の人に心変わりしてしまうかもしれない。
  ごぉぉ〜ん。
 これは、何度目の鐘の音だろう。
 お願い間に合って。
「シンデレラ!」
 ボクは叫んだ。シンデレラがゆっくりとこちらを見る。ボクは全力で走る。
「これを……」
 黒いドレスを持った手を、シンデレラに向かってできる限りに伸ばす。
 だけどボクは、「これを着て」という言葉を全部言う事が出来なかった。
 黒いドレスを掴んでいたボクの手は不意に視界から消え、ドレスは優雅に宙を舞った。
 魔法が、解けた………。
ボクの姿はネズミに戻ってしまった。
 シンデレラのふわふわのドレスは、光の粉になって、霧みたいに消えてしまい、普段のつぎあてだらけの服に。
 王子様は目を見開いてシンデレラを見つめている。
 王子様の視線を他の女からシンデレラに戻す事が出来た……って、こんな最悪な形で戻してしまってどうしよう。
 ごめんね、シンデレラ、後は、君がなんとかするしかないんだ。
その時だ。
 広間の一角から、いくつもの食器類が割れる音と、女性陣の悲鳴が聞こえた。
 広間に設えられた立食コーナーだ。
 見ると、大きなテーブルクロスが泳ぐようにこちらに向かって突進してくる。あっという間に、テーブルクロスがシンデレラに覆い被さってしまった。
「チュチュー(このスキよ)」
 ボクの幼なじみの鳴き声がした。
 なんと、ボクの仲間達みんなで、立食コーナーのテーブルから、テーブルクロスをかっさらってきたらしい。
 ボクは歯形を付けないように気を付けながら、黒いドレスをくわえてテーブルクロスの中に潜り込んだ。
 テーブルクロスのテントの中、シンデレラは驚いて目をまん丸にして、ボクとドレスを見つめている。
 ボクは……。
 人間じゃないから、何も言えなかったし、微笑みかけることもできなかった。
 ただ、テーブルクロスのテントの中に、ドレスだけをおいてそこから出た。
 シンデレラ。
 ボク、ボクなりに頑張ったんだよ。
 だから、それをムダにしないで。
「一体何が起こったんだ?」
 王子様も、舞踏会の参加者も、テーブルクロスのテントに注目している。
 王子様が中を確かめようと、テーブルクロスに手をかけた。
 その時、テーブルクロスのテントはごそごそと動き、中から自主的に、シンデレラが出て来た。
 にっこりと王子様に笑いかける。
 すとん、と床にテーブルクロスが落ちる。
 シンデレラは、すっかり黒いドレスに着替えていた。
 そして、舞踏会に来た当初の、夢見る少女のような笑顔ではない、大人びた笑みで、王子様をダンスに誘う。
「さあ、演出は楽しんでいただけたかしら。もう一曲、如何?」
 王子様は、シンデレラに見とれながら、操られるみたいに何度も頷いた。

   これでもう、王子様が他の女の人に目移りする心配は、当面のところ無いだろう。
 ボクの役目は、本当の本当に終わったんだなぁ……。

 ボクは、誰にも見つからないように、そっとお城を出た。
 馬車乗り場に戻ると、ボクの友達ネズミが馬車だったカボチャをかじりながらボクを舞っていた。
「チューウウー?(12時が過ぎちまったけれど、どうなったんだい?)」
「チー……(何の心配も要らないよ……)」
 お城で、花火が上がった。お城の壁が、色とりどりの光に照らされる。
 ああ、綺麗だなぁ。
「チュチュウー(もうボクたちの役目は終わったよ。馬車も必要ない。君は家に帰りなよ)」
「チュッ?(え?君はどうするんだい?)」
 友達の問いかけに答えず、ボクはその場をとぼとぼと離れた。もう走る元気はなかったんだ。
 森の中を歩いていると、
「ちょっとアンタ」
と、声をかけられた。
 振り向くと、魔法使いのお婆さん。
「どこへ行こうっていうのさ。アンタ、お城に帰れば良いじゃないのよ。シンデレラが居るんだから、もう、お城で殺されそうになることはないのよ」
 そうだけど……。でも、ボクはお城に帰る気分じゃないんだ。
「じゃあ、あのお義母さんとお義姉さんのいる家に帰ろうっていうの?物好きねぇ」
 まさか。そこまで物好きじゃないよ、いくらなんでも。
 ただね。少し、遠くに行きたいだけなんだ。
「あ、そう、じゃ、止めないけど」
 そう言ってお婆さんはフッと消えた。

 さよなら、シンデレラ。お幸せにね。
 ボクはお城を背に、再び森の中を歩き始めた。
END
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