取立屋



 ドンドン。ドンドン。
 ノックをすれば、その扉が安っぽくて粗悪な材木を使用して製造されたことがすぐわかる。
 思い切り蹴飛ばせば、ともすれば穴が開くだろう。
 しかし今はまだ、そこまでやる段階ではない。
 ドンドン。
「奥さぁん。居るんでしょ。わかってるんですよぉ」
 家の中で居留守を使っている女に向かって。そして、隣近所にも聞こえるように言ってやる。
 この仕事を始めたころは、人の目が気になって、大きな声なんぞ出せなかったものだが、自分も随分と成長したものだ。
「借りたお金を返さないのはね、ド・ロ・ボ・ウ!なんですよぉ!」
 先輩の後ろをくっついて、脅し揺さぶる話術を学び、今では一人で「営業先」を回れるようになった。
 相手も一人なら、尚仕事はやりやすい。
 独居老人。リストラされた上、妻子にも逃げられた中年。
 そして、ここの客は、ダンナに黙って借金こさえて、それを必死で隠したがっている主婦。
 大声でわめき散らされては近所への体裁が悪いと思ってか、やっと観念してそろりそろりと扉を開く。
 怯える片目が見えたところで、扉の隙間に手を突っ込んで、思いっきり開けてやる。
 近所の目が気になるんだろ。扉を閉めてやるから、ありがたく思え。
 玄関に入り込み、扉を閉める。
「あ、あのう、今日はまだ、お金が入って来なくって」
 か細く震える声で、そう訴えてくる。
「そっちの事情なんか知らないよ。期限までに返す。あんたがそう言うからこっちは貸してやったんだ。何だったらね、目玉や内臓売っても良いんだよ」
 この言葉も、最初は口にするには抵抗があったが、今じゃするすると出てくる。
 なにしろ、世間は誤解していて困る。こっちに非は無い。
 テメェにゃ金も無ぇ、稼ぐ能力も無ぇ、そのくせ良い暮らしはしてェ。
 ふざけた連中だろうが。さァどうよ、世間の害虫はどっちだよ、なあ?
 怯えた目にさらに追い打ちをかけてやる。
「別にね、アンタのじゃなくてもいいんだよ。子供やダンナ、ま、それがイヤなら、近所の人をだまくらかして連れて来るんでもいい、手を打ってやるよ」
 ここまで言ってやれば、数日中には生爪剥いででも金をかき集めて来るだろう。
 また別の所から金を借りて、多重債務者になるんでもいい。ああ、もうなっているんだったか。こっちには関係ないが。
 無言で俯いてしまった奥さんを置いて、今日のところは退散してやる。
 さて、次の「営業先」だ。
 さっきの家と似たり寄ったりの安っぽさだが、呼び鈴が付いているだけ、ランクは上か。 ここの客は、パートで働く保険外交員。仕事で着るブランドスーツを買いまくって、子供の給食費にまで手を付けて、それでもまだ、買い足りない困った女だ。
 ダンナの稼ぎを助けるために働いた筈が、女だらけの職場で妙な見栄が働いて、余計に金がかかってしまう、本末転倒にも程がある。
 こいつには一昨日、「目玉と内臓」の決め台詞を聞かせてやっている。だから、今日あたりは多少の金を回収できるだろう。 
まあ、全額は期待しちゃいない。回収できる金額が少なければ、また脅しつけてやろう。
 女の怯えた顔を想像しながら、呼び鈴を押す。
「奥さぁん」
 すると、扉は中から積極的に開いた。今までに無い反応だ。
 そして、中からばらばらと、数人の男が出てきて、俺の体を押さえつける。
 なんだ?警察か?いや、やつらは国家賠償法を恐れて手荒なマネはできないはずだ。
家の中で、女がスーツ姿の男に言っている。
「誰のでもいいから、目玉と臓器を用意すれば、2社分の借金、全部返済できるんですよね?」
 その言葉に無言で頷いた男は……おそらく俺の同業者だ。
 ぐるりと頭を回して俺を見たそいつの目は既に、俺の目玉や臓器を値踏みしていた。


                                 END

戻る

inserted by FC2 system