とくさんの話


 


 ねぇねぇ、もう、とくさんの話は聞いた?
 知っておいた方がいいよ、これからこの街に住むんなら。いつか、ばったり会うかもしれないから。
 とくさんはね、すっごく真面目な人なんだけど、ちょっとお勉強が苦手な人で。だから、中学校を出たらすぐに、働きはじめたんだ。
 でもほら、お勉強が苦手だから。普通のところじゃ雇ってくれなくてさ。
 それで、役場の人が仕事を見つけてあげてね。
 そのお仕事っていうのが、火葬場のお仕事。
 ほら、あの山の真ん中あたりに、大っきい煙突が見えるでしょ。あれ、火葬場の煙突ね。
 とくさんは、毎日毎日、竈の前で、お骨が焼き上がるのをじっと待っているお仕事。
 これなら、お勉強ができなくても、出来るでしょ。
 それに、真面目なとくさんは、じっと待っていることなら得意だったんだから。
 だけどとくさんは時計を見るのも苦手だったから。
 だから、お骨が焼き上がる時間も、自分じゃわからなくて、とくさんの上司がね、この人は、火葬場の受付の仕事をしている人なんだけど、受付からぐいっと体をひねって、奥の竈の方に声をかけてあげるの。「おい、もういいぞ」って。
 ある日ね、この上司がちょっと用事があって、まぁ用事って言っても、実はおんなの人のところにこっそり行っていたとか、馬券を買いに行っていたとか、いろいろ噂はあるんだけどね、とにかく、用事で、お骨を焼いている時に火葬場の外に出なくちゃいけないって言って。
 それで、とくさんに、腕時計をひとつ渡して、「30分経ったら、終わりだぞ」って言って、とくさん一人、火葬場に置いて出て行ったんだ。
 30分って言われてもね。
 とくさん、長い針が3にあるときなのか、6にあるときなのか、それとも短い針が3にあるときなのか、6にあるときなのか。とにかく、どういう状態が「30分」なのかがわからなかった。
 だからね。時計なんて見るのはやめて、自分の目で確かめようと思ったらしい。
 竈を開けて、ね。
 とくさん、少ぅし時間が経ったところで、徐にパイプ椅子からよっこらせ、と立ち上がってね。
 焼けたかな。
 って竈を開けた。
 そしたらね。
 中の人、実はまだ死んでなかったんだ。
 熱くて熱くてたまらなくって、竈の入り口から飛び出した。
 そしてとくさんに抱きついた。どろどろに溶けた熱っつい皮膚がべったりとくさんにくっついた。
 もちろんとくさんは大やけどだ。そのまま病院に運ばれて、今も病院にいるって話。
 え?嘘だろうって?
 いやいや、本当だよ。
 だから、病院に行ったときは気をつけなよ。
 うちの叔母さんの知り合いがその病院に入院しているんだけどね、すっかり気が触れちゃったとくさんが、夜な夜な病室を徘徊してるんだってさ。この間なんかさ、果物ナイフで入院患者のアキレス腱切ったって。しかも、横にじゃなくて縦にだってさ。痛そうだよね。
 だから、ホント気をつけなよ、ね。




                                 END

 

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