ランチ



「なぁんか最近、みんなに避けられているような気がするのよねぇ」
もぐもぐ。もぐもぐ。
彼女の手は忙しくスプーンを口に運んでいる。
「やっぱり、最近一緒にランチしてないからかなぁ」
もぐもぐ。もぐもぐ。咀嚼スピードもかなりのものだが、それでも喋り続けているのはちょっとした驚異だ。
「でもさ、ノブ君が美味しいもの出してくれるんだもん、仕方ないよね」
もぐもぐ。ごくん。
「そろそろお昼休み終わっちゃう。じゃあね、ノブ君」
彼女はスプーンを置くと、彼の唇にチュッとキスをした。

昼休み終了まであと5分。女子社員たちは、休憩最後のお喋りに花を咲かせる。
「戻りましたぁ」
昼休みに外出していた彼女が自分の部署に戻ると、お喋りは一斉に止み、冷ややかな視線が彼女を射ては、わざとらしく外される。
「最近あの子、いっつも外出てるよね」
「彼氏とお昼食べてるとか?」
女子社員達のお喋りは様相を変える。花は花でもトゲのある花。
茨の道を、彼女は自分の席へと歩く。その表情、態度は悠然とし、むしろ勝ち誇ったようにも見える。
「まっさかーあ」
「あり得ない!だってあの子さあ」
女子社員達は互いに頷く。
「なんかクサイんだもん!」

「失礼だよね!クサイだなんて」
もぐもぐ。
「小学生並みよね。よく、いなかった?いじめられっ子で、臭くも無いのにみんなに『臭い、臭い』って言われてる子。あいつらのいじめ、それと一緒だわ」
もぐもぐ。ごくん。
「きっとみんな、あたしに嫉妬しているんだわ。ノブ君みたいな彼氏がいるからさ」
勝ち誇った表情を浮かべた彼女は、ぺろりと、唇の縁に付いた汁を舐めた。

昼休み終了まであと10分。食事の後は激しいお喋り。昼休み中に女子社員の口が休むことはない。
「あいつってぇ、高校の頃から一緒だけれど、すぐ勘違いして、ムカつくの」
「あー、勘違いしてるっぽいよね」
「男子にいじめられりゃ、『あいつは私の事が好きなんだ』、女子にいじめられりゃ、『あの子は私に嫉妬してるんだ』って思い込むんだよね。ねじ曲がってるのよ、なんか」
「うわ、なんか、イタイねぇ。そんな子、ほっときゃいいのに」
「そうなんだけどさ。でもこれが、勝ち誇った顔して言われるからさ、すんごいムカつくのよ」
「わかるわかるー。あの子ってなんか、人を見下した目ぇするよねぇ」
一斉に、げらげらと品の無い笑い声をあげる。
そこに、
「戻りましたぁ」
という、彼女の声が割って入る。
彼女が一歩踏み出した先から、すうっと波が引くように消えていく笑い声。
波が割れて、道ができる。まるで、モーゼの十戒。モーゼの場合、本物の波だったけれど。
彼女は、波の真ん中を悠々と歩く。
はずだった、いつもなら。
けれど今日は、足元がおぼつかない。
よく見れば、顔色も悪いし、額に脂汗が滲んでいる。
「ぐっ」
彼女は突然口もとを押さえてしゃがみ込む。
「うぇ、げほっ」
押さえた手の、指の間から、胃液や唾液にまみれた物体がぽとぽとと落ちる。
「ちょっとっ、大丈夫?」
同僚の一人が駆け寄ろうとして、その身を凍らせる。
彼女の胃から吐き出されて、床にぶちまけられたその黒い物体は、各々が蠢いていた。


会社から徒歩10分の場所にあるマンション。
その一室から、死後数週間経過していると見られる男性の遺体が発見された。
遺体は腐敗が進んでおり、目、口、内臓等には無数の蛆虫が巣くっていた。
死の直前まで、この男性に交際を迫っていた女性の存在が確認されており、同女性は、男性の死後、このマンションに連日立ち寄っている姿が目撃されている。
女性は、「彼とお昼ご飯を食べていました」と供述しているが、詳しい事情を追及中である。

追記。
これは、報道発表されていない事実であるが、遺体に付着した蛆虫の量は死後経過時間から見て非常に少なく、男性のマンションに連日立ち寄っている女性が、「ノブ君からご飯が出てきた」と供述していることから、同女性が男性の体で孵化した蛆虫を食べていたものと思料される。 


                                 END

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