武器を持っていい衣装を用意したから。
そう、竜崎は言った。
だったら、もっと、武器になりそうな物を用意してくれれば良かったのに。
愛海が手にしているのは、新体操のリボンであった。
普通、武器になるったら、クラブ(混紡)とかじゃないの?
しかし、愛海はもうすでに、リングサイドまで来てしまっていた。
もう、フープやボールよりはマシだと思って闘うしかない。
「さあさあ、今晩も華麗に始まりますよ〜!何が彼女達を駆り立てるのか!しかし闘う女性は美しいのでありま〜〜〜す!」
相変わらず、意味もわからぬハイテンションのMC。
「本日の第1試合!これを見られるあなた達はラッキーもいいところ!なんと、あの、伝説にもなろうかという女子高生、MANAMIだぁーーっ!」
わああああ〜〜っ、と、店内が割れんばかりの歓声であふれかえる。
愛海と、そして、リングがスポットライトで照らし出される。
愛海は、軽やかにロープを乗り越え、手にしていたリボンと共に、くるりと一回転。それから、観客に向かって笑顔をサービス。
再び歓声があがり、指笛が鳴る。
愛海は、ついこの場のノリに流されてしまったことを、ちょっと後悔した……。
客の声の中に、紅音の声も混じる。
「愛海〜っ。はみパンには気を付けなよ〜〜っ」
余計なお世話である。
わからない人はそうそう居ないとは思うが、説明しておくと、はみパンとは、パンツがはみ出る事で、レオタードを着る女子や、ブルマーをはく女子が最も気を付けなければいけない事である。そのため、ソング(Tバックショーツの事ですよ)を使用する者もいるが、生憎、愛海はそういった下着は持っていなかった。かといって、ノーパンになる気はもちろんない。
紅音め、人ごとだと思って〜〜!
愛海は、観客の中の紅音を睨みつけてやろうと、その姿を視線で探した。その間に、MCは、愛海の対戦相手をコールする。
「MANAMIに対するのは!無敗街道まっしぐらの麗華だぁ〜〜〜!」
おおおおお〜〜〜っ、という、客の声は、先ほどとは違って、重低音のものになる。
麗華は、丸太の様な四肢をぶんぶん、と振って準備運動をすると、
「うぉしゃあッ」
と奇声を上げて、リングに乗り込む。
愛海は、顔から血の気がひく様な気がした。
だ、大丈夫よ、こっちには、武器があるわ。
そう思って自分を奮い立たせてはみても、所詮持っているのはリボン、布きれである。
そこに、再び、紅音の声が飛んでくる。
「愛海っ。空気に飲まれるな!あんたが空気を作るんだ!」
その言葉が、愛海の頭の芯に響く。
そうよ、私が、試合の色を決めてやるわ。ここ、リングの上では、私が主役よ。無敵の制服格闘家にも、非情な戦士でだってなれる。
そして、今日は……。
「かかってらっしゃい。あなたなんか、こてんぱんよっ」
リボンを持った手で、麗華をぴし、と指し、愛海はウインクする。
その様子を客席から見ていた紅音は、
「あいつ、以外とコスプレ向きかも……」
と、呟いた。さしずめ今日は、『美少女新体操戦士』といったところか?
愛海の挑発を受けて、麗華もにやり、と笑う。
「いい度胸だね。泣かせてあげる」
「おおっと、両者、早くも火花!火花が散っておりますよ〜〜〜っ。今日の試合は見逃せないッ。そして今、伝説の生き証人になるのは、会場の皆さんでぇぇ〜〜〜すっ!!」
テンションがあがりっぱなしのMCが、ゴングを鳴らした。
2人は、中央に走り込む!
炸裂するのは、拳か、蹴りか?
しかし愛海は、いつもより間合いをとった場所で、足を止める。
右手を大きく振ると、ひゅるん、とリボンが前方に伸びる。そしてそれは、麗華の顔面に届く。
「こんなもの」
麗華は、リボンを片手で掴む。もとより、愛海だって、武器として使用するつもりはない。これは、単なる目くらましだ。
愛海はできる限りの遠心力をつけ、麗華の上半身に回し蹴りをくれてやる。リボンを掴んでいる麗華の手では、その攻撃を受け止める事ができなかった。
どか、と鈍い音がし、確かな手応え(足応え?)はあった。
しかし、麗華は、2,3歩よろけただけだった。流石に、プロレスラーというだけあって、体を鍛えているようだ。
麗華が掴んでいたリボンを引っ張り、逆に、愛海の足元が危うくなる。
「んん……」
愛海は、倒れないように足を踏ん張り、引っ張られるリボンを、こちらからも引っ張り返す。
ぐぐぐっ、とお互い引っ張りあっていたが、ふいに、麗華がその手を離した。
「あっ」
愛海は後ろによろけ、尻を着く。すかさず、麗華は大きく飛び上がった。
はっとして、愛海が顔を上げると、真上から、両手を広げた麗華が、愛海を押しつぶそうと、落下してくる。
立ち上がって、よけている程の余裕は、無い。
愛海は、咄嗟に、寝転がり、片膝を立てた。
「ぐえ」
愛海の膝は、麗華の鳩尾に入った。ヒキガエルが潰されでもしたような声をあげ、麗華は腹を押さえてマットに転がる。
体重の分だけ、ダメージは大きかっただろう。
愛海はこのチャンスを逃さずに、麗華を押さえ込む。
麗華の上半身に腕ごと、リボンをぐるりと巻き付け、動けないように締め付ける。
「あっさり私のフォール勝ちね」
愛海がそう言って微笑むと、それが、麗華のプロ魂に火をつけたようで、麗華は、
「うわああああっ」
と声をあげると両腕を広げ、ぶちぶちぶち、っとリボンを引きちぎる。
「うっそ」
麗華の体の上に乗っていた愛海だったが、麗華がリボンを引きちぎりつつ起きあがったため、床に投げ出される。その手には、4分の1ほどの長さになってしまったリボンが残された。
「このあたしに、勝てる訳ないのよ」
麗華はそう言って、不敵に笑い、愛海の両手首を掴む。
愛海は、それから逃れようと必死でもがくが、麗華は、愛海を掴んだまま、ぐるぐると回転し始める。
そして、ある程度の勢いがつくと、掴んでいた手をぱっと離した。
愛海の体は見事に吹っ飛び、ロープに叩きつけられた。
「くっ」
すぐに立ち上がろうとしたが、頭がくらくらして、うまくいかない。
視界も波の様に揺れる。
そこに、麗華がラリアートをくらわせようと、右腕を伸ばして走り込んでくる。
「!」
愛海はそれを、直前でしゃがみ込んで避けた。それと同時に、ぷちぷちと音がして、脇腹のあたりが、涼しくなった???
とりあえず、麗華のラリアットは空振りし、そのまま強靱なロープに激突して、跳ね返されて床に倒れる。
普段の愛海なら、この隙を逃さず、攻撃をしかけるところだ。
しかし、愛海は、とんでもない事に気づいてしまい、攻撃どころではなかった。
レオタードの、前身頃と後ろ身頃の縫い合わせの左側がほつれたのだ。そして、見事に分離し始めている。
冗談じゃないわよ〜〜〜っ。
竜崎の夢、破れレオタードが実現してしまうとは。
愛海は、両腕で胸元を押さえる。しかし、背中側は丸見えだ。
良かった、1週間前に買ったばかりの新しいブラで。いや、そういう問題じゃあない。
このまま両手を使わずに闘うのはちょっと厳しい。
その時、さきほど引きちぎられたリボンが愛海の目に入った。
愛海は、大急ぎで、 リボンの切れ端をかき集める。もちろん、片手で。もう片方の手は、レオタードの胸元を押さえたままだ。
リボンの切れ端で、長いのを見つけると、愛海は、それを胸に巻いた。
カッコ悪いけれど、下着がそのまま見えるよりは、幾分ましだ。
こうなったら、少しでも早く試合を終わらせるしかない。あまり長引くと、最悪、レオタードが完全分離してしまうおそれもあるのだし。
愛海が、きゅ、っとリボンの端を結んだ時にはもう、麗華は体勢を整え、愛海の真後ろに迫っていた。
愛海はそれに気付き、避けようとしたが、間に合わない。
麗華は、愛海の体を、後ろから羽交い締めにし、そのまま持ち上げる。そして、自らの体をのけぞらせる。
テレビや漫画でよく見る、パワーボムだ。
愛海の体は、頭からマットに叩きつけられる……予定であった。麗華の中では。
しかし、この技、頭から落ちるからダメージがあるのであって。
愛海は、ぶん、と脚を振り上げる。
そう、脚から、マットに着地してしまえば、ダメージなんてない。
すたん、と愛海は、脚から綺麗にマットに着地する。
一方、麗華は、ブリッジの様になった体勢から、持ち直す事が出来ず、そのまま仰向けに倒れる。
愛海は麗華の無防備に晒された鳩尾に肘を打ち込む。
「くはっ」
麗華は、苦しそうに短くうめく。
ふう、と息をつき、愛海は、立ち上がる。
普通の相手なら、もう、気を失っているはずだ。
……しかし。
やはり、鍛えられているのか、麗華は、よろよろと体を起こし、愛海に手を伸ばす。
「きゃっ」
愛海は慌てて身をひいた。
麗華の手は、愛海の胸元のリボンを掴み、そのまま、再び床に沈んだ。
どうやら、完全に気を失ったらしい。
リボンと一緒に、愛海の衣装をずり下げて。
「へ?」
一瞬、何が起こったかわからずにいた愛海だが、自分の体を見下ろして、やっと事態を把握した。
「きゃああああっ」
下着だけになってしまった自分の体を両腕で抱きしめて、座り込む。
しかし、その悲鳴は、客の歓声と、
「勝者、MANAMI〜〜〜!」
という、大音量のMCにかき消されたのだった。
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