12、勝利の快感

「さぁ〜、両者同時に飛び出しました!MANAMI、連勝記録更新なるか?ちなみにMANAMIは彼氏いない歴も処女歴も更新中だ!」
 陽気なDJの声が会場内に響く。
 真っ直ぐせなの元へと突進していた愛海は、くるりとその方向を変え、ロープ越しにDJに飛びかかる。
「二言くらい余計なのよあんたはっ」
 ぐいぐいとその襟元を締め上げる。
「す、すみませぇぇん」
 DJが情けない声で謝る。
 そこへ、愛海の背後からせなの手が伸び、彼女の髪と襟首をひっつかむ。
「きゃっ」
 後方に倒される愛海。せなの腕がヘビのように愛海の躰に絡みつき、押さえ込む。
「ありがとう、せな!でも俺はもうちょっとMANAMIに責められていたかった!」
 DJがまたもやアホな事を言うが、構っていられない。今は、せなの腕から逃れる事に集中しなければ。
 首もとに絡みつくせなの腕。その手首をぐいっと掴み自分の体から力任せに剥がす。それと同時に、腰を捻って脚を回し、せなに足払いをかける。
「きゃあっ」
 どったぁん、と音を立て、せなはマット上に転がる。
 この子、好戦的で動きは大きいけれど、防御は弱い。受け身が上手に取れていないのがその証拠だ。愛海は、とっさにそう判断した。
 ぱっと離れて間合いを取る。
 この子に有効な攻撃は……そう、投げ技だ。
 そうと決まれば攻撃は早いほうがいい。
「いたたたた」
 お尻をさすりながら立ち上がるせなに向かって、愛海は飛び込む。
 そして、両手を襟首にかけて……襟首に……襟首。
 せなの衣装には、衿が無い!
 エプロンの、フリルたっぷりの胸当てがあるだけ。
 行き場を無くした愛海の手は、勢いでせなのエプロンの胸当てを引っ張る。
 エプロンのストラップ部分が肩からずり落ち、さらに胸当て部分もずるりと下がる。
 直径5センチメートルの円形の布2枚で申し訳程度に隠された、脂肪分たっぷりのバストがぷるんと現れ、会場が沸き上がる。
 う……、確かにすごい迫力。でもみんな騙されないで、この子まだ中学生だから!
 一瞬、圧倒されそうになる愛海だが、すぐに冷静さを取り戻して身構える。
 せなは、露わになった胸元を隠そうともせず、そのまま右手を振りかぶって愛海に突っ込んでくる。
 ちょっとでも水着がずれたら大変なことになりそうだが、今のところ、水着がずれる様子はない。もしかしたら、糊みたいなもので留めているのかもしれない。
 振り下ろされたせなの拳を寸手で避けて、せなの背後に回る。
 どん、とその背中を蹴飛ばしてやると、せなはバランスを崩しながら前のめりになって走る。
 ロープに掴まって倒れ込み、恨めしそうにこちらを振り返る。
「その胸じゃ、重心が悪いようね」
 愛海がせなを見下ろして言う。
「あら、これでもいろいろ使い道があるんだから」
 負けじと言い返して、せなは立ち上がり、ロープにぽんと背中をぶつけると、その反動でダッシュし、愛海にタックルする。
 ここは無理に踏ん張らない方がいい。
 愛海はせなにぶつかられるまま、マットに倒れ込む。が、そのままぶっ倒れるわけではない。
 せなに完全なマウントポジションをとられる前に、くるりと体勢を入れ替え、反対にせなをマットに沈める。
 そのまませなの上に乗り、愛海がマウントポジションをとる。
 するとせなは、愛海のセーラー服の、リボンをぐいっと引っ張って愛海の上半身を引き寄せる。
 愛海は両手をマットについて、完全に倒れるのをなんとか防ぐ。
 せなは愛海の首の後ろに両手を回し、まるで愛海を抱き寄せるように、強引に自分の胸元に引き寄せる。
 く……苦しい?
 愛海の顔が、すっぽりとせなの胸の間に収まって、息ができない。
「ね、いろいろ使い道があるって言ったでしょう」
 もがく愛海の耳元に、せなが囁く。
「なんと羨ましい死の抱擁!MANAMI、ギブアップか?」
 DJの声と会場の歓声が愛海の耳にも届く。
 ギブアップ?してなるものか!
「まなみーっ」
 紅音の声も聞こえる。
 親友の声は、愛海に力を与える。
 そうだよね、紅音。戦う事、そして勝つ事の楽しさ、快感。
 それは、リングの上で戦ってこそ!それを証明するために、負けるわけにはいかないよね。
「まなみ、後でそいつのおっぱいの感触、詳細に教えてねーっ」
 紅音の言葉に、愛海の体にみなぎった力は、またあっという間に抜けていく。
 紅音ってば……紅音ってば……!
 ああ、そうだ。紅音はこういうヤツだ。
 力は抜けちゃったけど、少し頭が冷えたわよ!
 愛海は、体を捻ってなんとかせなの腹に近距離のショートパンチを叩き込む。
 せなの力が緩んだ。
今だ。
 愛海はせなの腕と胸から頭を抜く。軽く頭を振って、乱れた髪を直す。
後はもう、殴り合いだ。相手の拳を払いながら、相手の顔や体を狙う。当然、上になっている愛海の方が有利だ。
「さあ、これ以上痛い思いをしたくなかったら、ギブアップしちゃいなさい」
 愛海が言うと、せなはべーっと舌を出す。
「痛いのも嫌だけど、ギブアップも嫌ーーっ」
 せなは、素早く手を背中に回すと、しゅるりとエプロンの紐をほどいた。
 そして、愛海の手首に絡ませる。
「ちょっと、何してんのよ」
 振り解こうとする愛海。滅茶苦茶に紐を巻き付けるせな。
 結局、エプロンの紐は愛海の手首にがっちりと絡んでしまい、その両手を封印した。
 両手でせなを殴ろうにも、せながエプロンの紐を掴んでいるので、上手く動かない。
「離しなさいよ!」
「もう無理。絡まっちゃったもん」
「何言ってんの、コレ、本来なら反則よ」
 愛海はレフェリーとDJに視線を向ける。
「えーっと、確かに反則ですが」
 DJが言いかけると、会場内から一斉にブーイング。
「このまま続けろー」
「緊縛プレイだ!」
 などと声があがる。
「当店はお客様第一ですので、続行!」
 DJが言うと、会場が歓喜の声と拍手に包まれた。
「……半分予想はしていたけどね」
 愛海は、DJとレフェリーに助けを求めるのを諦めた。
 それにしたって、紐が食い込んできて、手首が痛い。
「あなたは、反則勝ちして、嬉しい?」
 愛海はせなに問いかける。
「勝ちは勝ちよ」
 せなはきっぱりと言い放つ。
「そんなに勝ちたいの?」
「当然だわ」
 睨むせなに、愛海はにっこりと笑った。
「そうね。確かに、勝つのは気持ちが良いわ。とってもね」
 だから、自分も、この、戦いの場から離れることはできないのだ、きっと。
 歓声に包まれる高揚感、肌に感じるライトの熱、勝利の快感。
 全てが、愛海を虜にする。
 愛海は、せなの上から降りる。
 素早くせなは立ち上がり、両者間合いをとる。
 しかし、愛海の両手首にはエプロンが絡みついたまま。つまり、せなは完全にエプロンを脱いでしまい、露出度の異様に高い水着のみ。しかしせなは、全く露出を気にしていないようだ。
 圧倒的に、愛海の方が不利。誰もがそう思った。
 両者、マットを蹴り、駆け寄る。
 ふわりとエプロンが舞った。
 愛海が、自分に絡みついたエプロンで、せなの顔を覆ったのだ。
「きゃっ?」
 突然視界を奪われたせなは、じたばたしながら方向感覚を失い、愛海に押されるままに、リングサイドへ追いつめられる。
 そこへ、愛海はすぱぁんと足払いをかける。
 せなは全くの無防備な状態。
 軽く宙に浮いたかと思うと、リングサイドぎりぎりの場所にすっ転ぶ。
「んっ。痛た!」
 せなは、立ち上がろうとするが、思い切り打った体は、言うことをきかないらしい。
 愛海は腹這いになったままのせなのそばにしゃがみ、
「私も、勝つのが大好きなの」
と言うと、せなをリングの外へごろんと押し出した。
 せながリングの外にどすんと落ちると、会場内が大きく沸いた。
「やりましたMANAMI!連勝死守ーーーっ!」
 DJが声を張り上げる。
 愛海は、エプロンの紐がからまったままの両手を、リングアウトしたせなに差し伸べる。
 むすっとしたままのせなは、それでも愛海の手をとり、もう一度リングへ上がる。
「それでは本日のファイターに、今一度大きな拍手を!」
 会場内に、もう一度拍手の洪水。
「やったね、愛海ーっ」
 最前列の席に、ガッツポーズの紅音が見える。
 その横で、竜崎がにやにやしてる。
「やっぱりお前さん、辞められないんじゃない?」
 その顔は、そう言っているようだった。
 今や愛海も、確信していた。
 自分は、この戦いの場から離れられないということを。
 愛海は隣に立つせなを見る。
 彼女の着用している水着は、改めて見ると、やっぱり某ブランドのもののようだ。
 竜崎め、私にはブランドものなんて一回も用意してくれなかったじゃないか。
 よし、今度は私にもブランドものの衣装を用意しろって言っておこう。
 愛海はそう心に決め、笑顔で会場に手を振りながら、リングを後にした。


終了

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