「第一試合、勝者は初登場のツバキ!尚、この試合の写真は、明日からの販売となります」 MCの声が、愛海の控室まで聞こえてくる。
写真販売まで始めたのか、この店は……。
鏡で服装のチェックをしながら、愛海はがっくりと肩を落とす。
我ながら、なんでこんな店と関わってしまったのか。
しかし、今日は、今日だけは。この試合だけは外せない。
愛海は、ぐっ、と拳を握り、それを見つめる。
この拳は、自分のプライドの為にある。それ意外に使うヤツは、許せない。
相手はまだ中学生。でも今回ばかりは、手加減しない。
愛海が決意を新たにしていると、
「や〜っほ、ま〜なみ〜。準備できたぁ?」
底抜けに明るい声と共に、控室のドアが開かれる。
愛海が厳しい表情を引っ込め、振り返ると先程の衣装を着たままの紅音がいた。試合前より乱れているのは仕方がない。
「いやぁ〜、あたしとした事が、負けちゃったよ〜」
しかし、ちっとも悔しそうには見えない。充分に楽しみました、という顔をしている。
「強いんだもんなぁ〜、椿ったら。参ったヨ」
肩をすくめる紅音の頬にかすり傷を見つけ、愛海は鞄からバンドエイドを出してあげた。
「わ〜、ありがとっ。さっすが愛海、女の子らしいね〜」
と言いながら、紅音は愛海に抱きつく。そのついでなのか、愛海のお尻を撫でる。
「そういう事、やめなさいよっ」
愛海は、紅音のお腹に、軽くジャブを入れる。
「あ〜、ゴメンゴメン。良い位置にあるもんで、つい」
愛海から離れた紅音は、お尻を触っていた右手をひらひらさせる。
「でも、この感触ってさ〜。もしかして、ブルマ2枚重ね?」
紅音の問いに、愛海は、素直に頷く。
「そうよ。悪い?」
以前の様に、ブルマを脱がしにかかられたらたまったもんじゃない。
「え〜〜、それってさ、お尻もこもこで見栄え悪いよ〜」
「悪くて結構よ!」
それでも紅音は不満そうだ。
「いいから脱げ脱げ〜!」
と、愛海に飛びかかる。
「ちょっと!何すんのよ〜!」
2人が攻防戦を繰り広げていると、竜崎の声が申し訳なさそうに届いた。
「あの〜、何やってんの?」
「あ、竜崎さん。何の用?」
紅音を引きはがしながら、愛海はドアからこちらを覗いている竜崎に声をかける。
「いや、あと5分程で出番だけど、準備できたかなぁ、と思って呼びに来たんだけど」
「ああそっか、試合前に余計な体力使わせちゃ駄目だよね」
と、紅音が愛海への攻撃をやめる。愛海は、膝までずり下がったブルマを引き上げようとしたが、竜崎の前でそれは格好悪いと思い、仕方なく脱ぐことにした。
「向こうは、もう準備できているのかしら」
ブルマを竜崎から隠すようにしてしまい込み、愛海は訊いた。
「うん。今日はせなちゃんもニューコスチュームだよ」
誰も衣装の事など訊いてはいない。しかし、紅音はそれに興味を持ったらしく、
「へぇ〜、どんなの?」
と訊ねる。
竜崎は、にこにこしながら答える。
「裸エプロン!……は中学生にはまずいから、ビキニエプロン」
中学生じゃなくても裸エプロンはまずいっての。
いつもは竜崎の提案するコスチュームに肯定的な紅音も、
「裸エプロンなんて、絶対駄目!」
と強く批判する。じゃあビキニエプロンなら良いんだろうか。彼女なら、「良い」と言いそうだが。
「そんな〜。だって、裸エプロンて、一般的には男の夢なんだよ?少なくとも俺はいつもやってもら……いや、俺のプライベートはどうでもいいか」
しかし、時遅し。愛海と紅音が、声を揃えて
「サイテー」
と、冷たい視線で言う。
「うう……そんなシンクロで言わなくても」
すっかり縮こまってしまった竜崎に、紅音は、びし、と指を突きつける。
「おっさんさぁ、裸にエプロンで料理するって、どんなに危険かわかってる?炒め物なんか、決死の覚悟よ?飛ぶのよ、油が。服を着てたら守られる部分が多いから、火傷してもせいぜい手の甲よ。でもね、裸エプロンだと、ほぼ全身が火傷の危機に晒されるのよ」
「いや、別に、料理はしてもらわなくても……」
「紅音、今はそういう事を問題としていないわよ」
愛海は片手で顔を覆い、ため息をつく。
「それにねー、エプロンなんて庶民的過ぎ!どうせ着るならもっと……」
「はいはい、もういいから、あんたは自分の控室で休んでなさいよ」
愛海が紅音の言葉をさえぎり、部屋から出すように背中を押す。そして、竜崎に視線を向け、
「じゃ、私もそろそろスタンバイしておきます」
と言う。
「あ、うん。よろしくお願い〜」
少々、紅音の迫力に押されたままの竜崎が、愛海に手を振る。
控室を後にして、愛海は再びため息をついた。
紅音のせいで、すっかり闘志が冷えてしまっていた。しかし、これくらいクールダウンしていた方が良いのかもしれない。
愛海は、大きく深呼吸すると、試合会場に向かった。
『赤コーナー選手入場口』というプレートがかかった扉を両手で押し開ける。
薄暗い会場の中、オレンジ色のスポットライトにリングが浮かび上がっていた。
そして愛海にも、スポットライトの光が降り注いだ。
熱い。
この肌に、この拳に、この胸に。光の熱さを感じる。
だけど、あの場所はきっともっと熱い。
愛海はリングを見据えて花道を一歩踏み出した。
「さぁ〜、現れました!我がファイティング・キャット伝説の女王、MANAMI!」
相変わらず妙にテンションの高いMCの声が会場に轟くが、客の歓声もそれに負けてはいない。
「そして、対するは……」
愛海の反対側の花道をライトが照らす。
「因縁のライバル、せなぁぁぁ〜〜〜〜〜っ」
ぱっと浮かび上がるのは、フリフリ桜色エプロン姿のせな。客の歓声が一層大きくなった。
愛海も一瞬、せなの姿に目が釘付けになる。
それもそのはず。
「お、おおおおおっ。ついに当店初!はだエプ!はだエプでの登場かぁぁぁぁっ」
DJも若干興奮気味だ。
そう、見た瞬間、せなの衣装は裸エプロンに見えたのだ。
しかしよく見ると、せなの肩には、ブラ紐のような黒い紐が張り付いている。
「ざぁんねん、でしたっ」
せなはいたずらっぽく笑い、エプロンの上半身部分を下ろす。
現れたのは、肌を隠す部分がごくわずかのビキニ。
「おおっ、これは!かつてファッション界を騒然とさせ、一部の女性意外をドン引きさせた、シャ●ルのコインビキニ!」
目ざといDJが解説する通り、愛海もこのビキニを数年前、雑誌で見かけたことがある。
あの人気ブランドシャ●ルが発表した、乳房を隠す部分がコイン大しかないという過激水着だ。
下半身はまだエプロンに隠されていて見えないが、おそらくコインビキニの下を着ているのだろう。
ある程度会場の盛り上がりが収まると、せなは、サービスタイム終了とばかりに、エプロンを着直す。観客からは、今度は「あぁ〜」という落胆の声が漏れる。
「全く……人の注目を浴びるのが好きな子ね」
愛海は溜息をつく。
自分が一番注目を浴びたい、せなからはいつだって、そんな欲求が感じられた。
その欲求が満たされなかった時の怒りを抑える術を、彼女は知らない。子供にはよくある事だ。
だけど、せなは、リングの上で満たされなかった怒りを、リングの外でぶちまけた。
それが愛海には我慢できなかった。
リングの上に、何か聖なる力があって、それを勝手に持ち出された、そんな感覚が愛海にはあった。
このまま、せなをのさばらせておく事は、聖域がどんどん壊されていくような気がした。
一歩、一歩、ゆっくりとリングへ歩み寄る。
せなもまた、同様。挑戦的な笑みを愛海に向けながら。
リングのコーナー外から、愛海とせなはお互いに睨み合う。睨みつつも、口許には笑みが浮かぶ。
さあ、楽しみましょう、聖なる闘いを。
愛海とせなは、同時にロープを乗り越えて、リングに降り立った。
会場の先程までの盛り上がりは潮が引くように消えていく。
「さぁ、今こそ決戦の時!闘いの美神よ、暴れまくれぇぇぇえっ」
DJの声が響き、ゴングが鳴る。
会場がまた、爆発したかのように沸いた。
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