剣士と魔術師の帰郷・7章

 リーザの羽が揚力を受け、空高く舞い上がる。
 その背中を、リュオネスとキャルスラエルは並んで追った。
 セテは何者なのか、なぜリーザたちを操っていたのか。
 ナントカっていう国の為と言っていたが……舌を噛みそうな名前なので忘れてしまった。
 その他にも、疑問はいっぱいあった。キャルスラエルとそれらについて話をしておきたかった。が、馬を急がせている今、会話なんてしていたら本当に舌を噛んでしまう。
 今はまず、セテを止めることだ。セテに関する疑問は直接ヤツに訊けば良い。
 竜を馬で追うなんて初めから無謀で、リーザの姿はあっという間に見えなくなったが、その代わり、リーザが飛び去った方向から夕焼けみたいな炎の色が広がった。
 砦の方向だ。
 あの炎があって、何事もないわけがない。急がなければ。
 リュオネスはさらにライトニングを走らせた。ライトニングの背に生えた飾りのような小さな羽が風を受けてぱたぱた震えた。もしかしたら、ライトニング自身は飛んでいるつもりなのかもしれない。そうすることによって、より一層疾く走れるのかもしれない。
 リュオネスを乗せたライトニングは、キャルスラエルを乗せたトゥーランドットを置いてぐんぐん進む。
けれども、どんなに疾く走っても、砦に着くまでの時間は決して短くはなかった。リュオネスが焦っているから尚更そう感じられたのだろう。
 砦に近づくにつれ、じりじりとした熱さを皮膚が感じる。
 橙色に照らされている砦は半壊し窓から炎が吹き上がる。上空に、2頭の竜が舞っている影が浮かぶ。
その下に、竜に向かい矢を射かける騎馬兵士たち。彼らの目には2匹の竜は共に、害なすものとうつっている様子で、その矢はどちらの竜にも注がれる。
「やめろーっ」
 リュオネスが叫んでも、喧噪にかき消され、兵士の耳には届かない。
 片方の竜が、羽虫の大群の様に飛んでくる矢に炎を吐いた。その背に、人の影がちらりと見えたことから、この竜は、セテを乗せたローザだろう。
 無数の矢はあっという間に焼かれ、火の雨と化して地上の並列に降り注ぐ。
 兵士たちの叫喚の声。逃げまどいながらも、なお兵士としての誇りの一片は投げ出せぬとばかりに矢を放つ。
 地上と空、すなわち兵とローザの間に、リーザが入り込む。
 ローザがこれ以上兵を傷つけぬように。しかし兵の矢は無情にもリーザをも狙っている。
リーザはただただその身に矢を受けつつ、ローザを止めようと彼女に向かって呼びかけるように咆吼する。
「ローザ、わかっているね。邪魔をするものは、排除するんだよ」
 セテは優しくローザの耳元を撫でる。
 抗えずローザは炎の断片を口の端から吐きながら、リーザの喉元に牙を立てる。
「なんだ?仲間割れか?」
 兵士の間に動揺が走り、矢の攻撃がわずかに緩んだ。
 1人の兵士の額に大粒の雫が当たり、弾けた。
「雨か……?」
 これで砦の火が消える、と安堵するも、それ以上の雫が降ることはなく、彼はまた落胆した。
 彼は気づきはしないだろう。その雫が、ローザの瞳からこぼれ落ちたものだとは。想像すらもしないだろう。
「リーザさんっ。もういいから、戻って来てくれ。後は俺がなんとかするからっ!」
 こんな喧噪の中でも、リュオネスの声はリーザには届くらしく、リーザは首をこちらに向ける。しかし、戻るにしてもこの矢の雨をくぐって来なければならない。
 兵士の攻撃が止まなければ、身動きがとれない。
「なんとかするって、どうするつもりなの?」
 ふいに後ろから声をかけられ、リュオネスは驚きつつ振り返る。
「アルトロネスタ……騎馬団長」
 アルトロネスタの後ろから、キャルスラエルもやってくる。お互い顔見知りだ、この騒ぎの中でも見つけ出すことができたのだろう。
「なんとかするったらなんとかするんだよ!」
「子供かね」
 ため息をついて言い放つアルトロネスタに、キャルスラエルが
「シガラー、リュオネスはイーコールです。少なくとも今この状態よりは、良くなるのではないかと思います」
と言う。
 アルトロネスタは「イーコール」の言葉を聞いて若干眉をあげる。
「竜を従える霊血の持ち主、イーコール、か。とてもそうは見えないけど」
「俺だってさっきまで知らなかったんだよ」
「妙な話だねぇ」
 アルトロネスタが訝るようにリュオネスを眺める。
「お願いです、シガラー。後の責任は私が……ローナレンの名のもとに責任をとりますから!」
「時間は無い!頼む、一度兵士の攻撃を止めさせてくれ」
 2人に詰め寄られ、アルトロネスタは「わかったわかった、わかりましたよ」と片手を振る。
「ありがとうございます!」
「だけどキャル様、忘れないでね。責任をとるのはあなたじゃない。私がこの首でとるんだよ」
 アルトロネスタは右手で手刀を作り、自分の首筋をとんとん、と叩いた。
 キャルスラエルがはっとして目を見開く横で、アルトロネスタは攻撃停止の合図の火矢を打つ。
「我々は消火活動に回る。あとは『なんとかする』んだね?」
 リュオネスは1つ頷き、リーザを呼ぶ。
 冬枯れの木の葉のようになりながらリーザはリュオネスの元に舞い降りる。
 ローザが勝ち誇ったように、砦に向かって炎を吐いた。
「あ〜あ、消火活動、間に合うかな……」
 アルトロネスタが場にそぐわないのんびりした声で呟いた。
「リーザさんがいなきゃ、今頃砦は陥落していたよ」
 リュオネスは、ねぎらうようにリーザの背を撫でる。満身創痍の体でも、リーザは喜ぶ猫のように、リュオネスに首を擦りつける。
「リーザさん、ごめん。もう一度だけ飛んでくれないか。俺をあそこまで」
 と言ってリュオネスは、ローザとセテを指さす。
 了承したとばかりにリーザは鳴く。
「本当にごめん。ありがとう。リーザさんは無理しないで、俺があっちに行ったらすぐ戻ってくれ。それからキャルスラエル、リーザさんに防護魔法を」
 キャルスラエルは心得顔で頷いた。
 リュオネスはライトニングの背からリーザの背へと、するりと乗り移った。
「じゃあ、行こう」
 リーザは地面を蹴り、ローザの元へ一直線に飛ぶ。
 顔に強い風が当たるが、それでもリュオネスはしっかりと目を開いてセテを見据える。
 セテは、リーザとリュオネスに何ができるものかと、にやにやと笑っている。その顔が、リュオネスの怒りに火を灯し、その火が闘志へと引火する。
 リーザの脚がセテの顔に触れそうなくらい接近すると、リュオネスは
「俺が行ったら、真っ直ぐキャル達の所へ戻ってくれよ」
と言って、リーザの背からローザの背へと飛び降り、その勢いのまま、セテの腕を引っ掴んでそこから跳ぶ。
 そして、天井の半壊した砦の展望室にリュオネスとセテは落下した。
 リュオネスはさっと立ち上がり、セテと間合いをとる。
 が、セテはまだ余裕を持っているのか、ゆっくりと、服の埃を払いながら立ち上がる。
「やれやれ。ずいぶん乱暴なマネをしてくれますね」
「あんたみたいなヤツに丁寧にしてやる必要ねぇし」
「言ってくれる」
 リュオネスが一歩セテに近づくと、それを遮るように窓から竜の首が突っ込んできた。
 ローザだ。威嚇するように牙を剥く。
「私にあんまり不躾な態度をとると、この子が黙っていませんよ」
 セテはくすくすと笑う。
「君の出方次第によっては、この子に街を襲わせてもいい。家の中には、ここの騒ぎに怯えて震えて隠れている子供や母親がいるんでしょうねぇ」
「俺の見た限りじゃあ」
 リュオネスはそっとローザの鼻筋に手を触れた。ローザの牙がリュオネスの腕を引っ掻いたが、ローザはすぐにおとなしくなった。
「ローザさんはそういうこと、したがるようには思えなかったんだけど」
 セテが目を見張る。リュオネスはにっと笑って見せた。
「おかしいと思わなかった?どうしてリーザさんがあんたの邪魔をしに来たのか」
「ま……さか。お前……」
 セテは一瞬驚愕するが、すぐに気を取り直し、腰に下げた2本の短刀を抜き一足飛びに襲いかかる。
 リュオネスは、下がっていて、とローザの鼻先を外に押し出し、セテの短刀を避けつつ自らも剣を抜く。
 セテはすぐに身を翻し再度リュオネスに向かい短刀を突き出す。
 刃と刃がぶつかる音が展望室に響く。
 リュオネスは手首を返してセテの短刀をいなすと、前のめりになったセテの背に柄を当てつつ足払いをかける。
 セテはあっさり床に倒れ伏し、手から短刀を落とす。すぐさまリュオネスは短刀を蹴飛ばし、2本の短刀は床を滑ってセテから遠く離れた。
 髪を振り乱し起き上がろうとしたセテの喉元にリュオネスが剣先を突きつけたため、セテはぴたりと動けなくなった。
「さて」
 リュオネスはゆっくり口を開く。
「まずはあんたの正体から話してもらおうかな、セテ・モルテさん?これ本名?」
 セテは青ざめながらも不遜な笑みを浮かべ、
「そんな簡単に答えると思っているのかい」
と強がる。
「へぇ。答えないつもりかよ」
 リュオネスは片眉を僅かに上げる。
「ま、それでもいいさ。死んでも答えないってヤツでも、死んでからなら答えられるだろうから」
 セテの顔から笑みが消える。リュオネスは言葉を続ける。
「死人から言葉を引き出す魔術師に心当たりがあるからな」
 そう、キャルスラエルの師、メレンデならそのくらい朝飯前どころか、まだ眠りから覚めきらなくてもやってのけるだろう。
「それじゃ、あんたの事は後からゆっくり聞くよ。じゃあな」
と、リュオネスは剣を振り上げる。
「待ってくれ!」
 セテが声を張り上げるのと、リュオネスの剣がセテの首の皮一枚を破ったところで止まるのは同時だった。
「なんだよ、急に大声出されると手元が狂うんだけど」
「私の名は、セテ・アラゴ。聖シュズルダット帝国の副神官長!」
 セテは早口にそう言う。随分と慌ただしい自己紹介だ。
「もういいよ。本当の事を言ってるかどうかもわかんねぇもん」
 リュオネスがもう1度剣を振り上げる。
「本当だ!本当だから!しかるべき書簡を調べれば、私の名前と肖像画がきちんと記されている!」
「まあ、一応本当だとしよう」
 リュオネスはゆっくり剣を降ろす。
「で、副神官長さんがこの街で、こんな事をした目的は?」
「それは……」
 セテは口ごもる。
「今更答えないつもりか?まぁ、だいたい察しはつくが」
「なるほど、今回の事は聖シュズルダットの差し金か」
 展望室に低い声が響いた。
「じじい」
 展望室への階段をディウロが鎧を鳴らして登ってくる。その後ろから、キャルスラエル、人の姿に戻ったリーザ、そしてアルトロネスタと部下の兵士たちが続く。
「いや、今回の事だけではない。現在ローナレン領主殿の身に起こっていることも、シュズルダット神官団のやったことじゃな」
 セテは答えない。それを肯定の意と受け取ったディウロは、剣の柄に手を掛けセテに飛びかかる。
「わぁ、やめろって、ジジイっ!」
「ディウロさん堪えて!」
 リュオネスとアルトロネスタが2人がかりでディウロを止める。
「こいつは仮にも聖シュズルダットの副神官長です。むやみに命を奪うような事をすれば、全面的な戦になりましょう!そうなれば、今のローナレンでは……」
 アルトロネスタの言葉にディウロは柄から手を離すが、それでも全身から怒気が滲み出ているのが、リュオネスにもわかった。
「こやつを捕らえ、然るべき措置を」
 絞り出すようにそれだけ言うと、ディウロはくるりと背を向け、展望室を出て行く。
 アルトロネスタが部下に命じ、セテの身を拘束する。
 兵士に囲まれ連れていかれる際に、セテはリュオネスを見据えて薄く笑った。
「君もイーコールなら、せいぜい気をつけるんだね。利用したがっている人間はわんさといるよ」
 この言葉がリュオネスの心だけではなく喉にも引っ掛かってしまったかのように、リュオネスは返答できずにセテが連れ去られるのを見送った。
「リュオネス」
 キャルスラエルが走り寄ってくる。
「キャル。大丈夫だったか」
「ええ、シガラーがいてくれましたし、すぐにディウロも駆けつけてくれましたから」
「良かった。リーザさんも……」
 リュオネスがリーザの方を向いた瞬間。
「ご無事で何よりです!」
 瞳を潤ませたリーザがリュオネスに飛びつく。
 思いがけない衝撃に足を踏ん張りきれなかったリュオネスは、どすんと尻餅をつきさらには頭を壁にぶつける。
 リーザはそれにおかまいなしに、リュオネスの唇に噛みついた!
 リーザの体にはキャルスラエルの魔法で癒しきれなかった傷が無数にあったが、それらが見る間に消えていく。
「あの……痛ぇんですけど」
「あ!す、すみません、私ったら」
 リーザは紅潮した頬を両の手で押さえ、ぱっとリュオネスから離れる。
「リーザさん……」
 キャルスラエルがおずおずと口を開く。
   「それがあなたの生命活動維持の為に必要な行動であるだろうことはわかるのですが……そういった事は、人前でなさるのは控えた方がよろしいと思いますわ」
「そ、そうですよね、本当に、すみませんっ」
 リーザはささっと立ち上がり衣服の埃を払うと、リュオネスの手を引き、
「では、人目につかぬ場所へ行きましょう」
と、別室へ通じると思しき扉に向かう。
「おやぁ、良いねぇ。どうぞ存分に楽しんでらっしゃい」
 アルトロネスタがにっこりして2人に手を振る。
「ヘンな含みのある言い方するんじゃねぇ!リーザさんもちょっと待って」
 リュオネスがリーザの手をふりほどこうとするも、さすがに正体が竜なだけあって意外に握力があり、ふりほどけない。
 アルトロネスタはキャルスラエルに耳打ちする。
「キャル様、こういう時は邪魔しちゃいけませんよ。きっとあの2人はこれからごにょごにょごにょ……」
「こらーっ!おかしな事言ってるんじゃないだろうなーっっ」
 リュオネスの叫びは、リーザと共に扉の向こうへ消えた……。


 夜が明ける頃には砦の消火活動も終わり、一同は旅亭「白銀の雫」に戻った。2階部分は大破しているが、1階部分はまだ寝泊まり可能な状態だ。
 一足先に戻っていたディウロは広間の椅子に座り、気むずかしい表情のまま、じっと床の一点を見つめている。
 疲労が見て取れるキャルスラエルの隣に、彼女をいたわるようにリュオネスが座り、そのリュオネスのすぐ脇に、ほぼくっつくようにしてリーザがいる。ローザは3歩後方に控えめに佇んでいる。
「上層部からの報告によると」
 ディウロとは反対に、騎馬団長としての用務が残っていたために一番最後にこの場にやってきたアルトロネスタが皆に伝える。
「セテ・アラゴは間違いなく聖シュズルダット帝国の副神官長だそうだ」
「シュズルダット王家には、彼を捕らえている事を伝えているのかね」
 ディウロが問う。
「ええ、使者を遣ってますよ。でもどうかな。シュズルダットはセテ・アラゴを捨て駒にした節もあるみたいだし」
「どういう事だ?」
 リュオネスの脳裏に、兵に連れていかれる間際のセテの言葉が再生される。
 気をつけろ。利用したがっている人間はわんさといる。
「セテ様も、お可哀相な方なのです」
 ローザが静かに口を開いた。
「セテ様は、シュズルダットの神官にしては珍しく代々続く神官家の出では無いのです。その彼が副神官長という階級にいられたのはひとえに……」
「あいつがイーコールだったから?」
「ご名答〜」
 アルトロネスタの大当たりの鐘でも鳴らしそうな口ぶりに、リュオネスは苛つきながらも、
「利用するために官位を与えられたって話か……」
と呟いた。
「リュオネス」
 キャルスラエルが小声で彼の名を呼び、そっと手をとる。
「あまりお気になさらずに。あなたは決して、利用されたりなんかしません」
 小さな声とは反対に、その目にはしっかりとした力が宿っている。
 彼女はリュオネスがセテの言葉を気にして、自分の身に多少なりとも不安を感じているのだろうと思い、気遣ってくれているのだ。
「何も気にしてやしないよ」
 そう口にしたら、むしろ気にしているようにとられてしまったかも、と、言ってしまってからリュオネスは思った。
 2人のやりとりが聞こえていたかどうかは定かではないが、アルトロネスタが再び口を開く。
「シュズルダットでは、砦が崩壊したらすぐさま街に攻め入ることができるように、砦の外に兵を用意していたようだけど、これは騎馬団で駆逐した」
「だがいつまでも、この街、いや、我が領が安泰とは言えんじゃろうな」
 ディウロの言葉に、アルトロネスタは大きく頷いた。
「今回の件で、聖シュズルダット帝国が我が領土、もしかしたら我が国全てを手中に収めるために本腰を入れてきたと認識せざるを得ない。早急に手を打たないと」
「では、急いでタランに帰りましょう」
 キャルスラエルが、すぐにでも馬に乗りそうな勢いで立ち上がるが、アルトロネスタが手を挙げてそれを制す。
「いや、待って待って。少し休んで明日出発した方が良い。なんならキャル様だけでも私の家に泊まってはどうですか。ちょうど私の寝室のベッドは広いですから」
 なにが「ちょうど」なのやら。
「また、あんたはヘンな冗談を……」
 リュオネスが睨むと、
「冗談なのは2割だけ。キャル様が休息をとった方が良いのは明らかでしょ」
と答える。
「他の方々が無理をおして出発するのは止めませんがね、キャル様は違う。そもそもキャル様はご自分の身が、どんなに大切か考えてない。今回だって、なぜあんな危険な場所に、キャル様も同行したの?私だったら絶対に連れていかない」
 リュオネスは返答に窮した。同行を許可したのはリュオネスだ。しかも、砦に向かう途中、キャルスラエルを置いていってしまった。もしあのとき、彼女の身に何か起こっていたら、自分はどうするつもりだったのか。急いていたとはいえ、浅はかな行動であったことに、変わりはない。
 キャルスラエルが、
「私だって、何もしないわけにはいきません」
と反論するが、アルトロネスタに
「何もしなくてよろしい、あなたはただ無事でいる事だけが努めなんだ」
と、ぴしゃりと言われる。
「シガラーの言うことはもっともじゃ」
 ディウロがのそりと立ち上がる。
「出発は明日にしよう。ただし」
 ディウロはアルトロネスタに向き直り、言う。
「キャルスラエル様にはきちんと客間を用意すること。貴殿の寝室には絶対足を踏み入れさせませぬぞ」


 そうして一同はアルトロネスタの屋敷に一泊し、翌朝ローナレン領首都タランへ向けて出発した。
 リュオネス、キャルスラエル、ディウロの他に、リュオネスの傍から離れたくないというリーザもついてくることとなったが、ローザだけはイディンに留まるという。
「セテ様が解放された時に、誰もいなくなっていては、お可哀相でしょう」
 セテの身柄はそのうちタランへ送られることになるだろう、とディウロが説明すると、
「そうなった時にタランへ向かいます」
と答えた。
 どうやら、ローザにとっては今でも主はセテであるようだ。霊血の作用が、リュオネスのものよりセテのものの方が強く働いているのだろう。はたまた、それ以外の感情が介入しているのかもしれないが、それは他人の知るところではない。
「それではお気を付けて。時が来れば、私ども騎馬団も何隊かタランへ行くことになるかもしれませんが」
 アルトロネスタの口調はのんびりとしていたが、ローナレンに危機が近づきつつあるのだと認識できる言葉であった。


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