剣士と魔術師の帰郷・2章

 知らなかった。キャルスラエルが、実は、公爵令嬢だったなんて。
 これから、どう接すればいいのだろう。
 急に態度を変えるのもおかしい。が、キャルスラエルの身分を知ってしまった以上、今まで通りというわけにもいくまい。
 リュオネスは、知らず知らずにため息をつく。
「どうかしたんですか?」
「ああ、いや〜…」
 キャルスラエルに問われ、リュオネスは歯切れの悪い返事をする。
「リュオネス……」
 キャルスラエルが何かを言いかけ、やめた。


 3人の行く路は、もう、平坦になってきていた。背の低い灌木を両脇に植え、整備された路になっている。
 驚いたことに、ディウロの馬、ローエングリンには、よく見ると、背中に小さな一対の翼があった。
聞くところによると、ペガサスの雑種なのだという。血は薄いため、空を駆けたりといった能力はないが、普通の馬より、長寿なのだと言う。
 突然、先頭を歩いていたディウロが振り返る。
「ん?今、誰か、なにか言ったかの」
「いいえ、何も……?」
「何も」
 リュオネスは、本当は、「もうろくしてんのか?」と言いたかったが、やめておいた。
「そうか、おかしいのぅ」
 と、ディウロは再び前方へ視線を戻す……と。
「うわあ、おぬし、危ないぞ!!」
 ディウロは、ローエングリンを急停止させる。
 その真ん前に、一人の子供が立ちはだかっていた。
「さっきから、呼んでいるのに、気づいてくれないんだもの」
 と、子供は言った。
「さっきからって。俺には何も聞こえなかったし、だいたい、どこから出てきたんだ、君は」
 リュオネスは、ディウロに並び、子供にそう尋ねる。
「兄ちゃん、鈍いんだね。鈍い人には、用はないな」
「ああ?」
「りゅ、リュオネス、落ち着いてください。相手は子供ですよ」
 小声でキャルスラエルがたしなめる。
「う、ううむ……」
 リュオネスは、「鈍い」と言われた怒りをなんとか飲み込む。
「おっちゃん達、この先の村に行くんだろ。そしたら、これ、持っていってくれないかなあ」
 そう言って、子供は、自分の左腕から、ブレスレットを外し、ディウロに向かって掲げる。
「しかし、そんな、高価そうなもの、容易に受け取る訳にはいかんぞ」
 ディウロは答える。
「いいから、頼む」
 子供がそう言うと、ブレスレットは、ぽーん、と空を飛び、ディウロの手の中に落ちる。
「あ、おい、ぬし!!」
 子供は、ディウロの手にブレスレットが渡るのを見届けると、その姿を消した。
「持って行け、と言われても、のう」
 ディウロは困ったように、手の中のブレスレットを見つめた。
「てか、驚くところは、ブレスレットじゃないんじゃあないのか。あの子は一体何なのか、とかさ」
と、リュオネスが言うと、ディウロはこう答える。
「あの子は精神体じゃな。いや、このテの事は、よくあるのでの」
「ええっ。あるんだ?!」
 俺は初めて見たんだけど?と、リュオネスは驚いたが、当のディウロは、全く、普通の事として受け止めている。
「ディウロは、もともとは、教会の司祭でしたから。こういった事には、慣れているんですわ」
 と、キャルスラエルが説明したので、リュオネスは、さらに驚く。
「はあっ?司祭ぃ?」
「なんじゃ」
「い、いやぁ〜……。人は、見かけによらないんだな、と実感していた所で」
 こんなガタイの良い親父が司祭なら、人は寄りつかなかっただろうな、とリュオネスは思った。
「しかし、精神体、と言うことは、さっきの子供、本体はどうなっているんだ」
「さぁの。たいていは、死んでおるが、たまに、生きていても、精神が抜け出る者もおる」
 それからディウロは、短くため息をつくと、左の篭手を外し、ブレスレットを、そこに着けた。
「仕方がない。一応、持っておくかの」
「大丈夫か、それ。呪いとか、かかってないのか」
 あっさりとブレスレットを身に着けたディウロに、リュオネスはおずおずと尋ねる。
「それは、そのうちわかるじゃろ」
 わかってからでは遅いのだが……。


 陽も暮れかかったころ、3人は村へたどり着いた。本当は、もっと明るいうちに到着する予定だったのだが。
「この村……こんなに、人の気配が少なかったかしら」
 キャルスラエルが不安そうに、そう言う。
 彼女の言うとおり、見たところ、外出している人もいなければ、並ぶ家々も、明かりが灯っていたり、煙があがっていたりという、生活のしるしが出ているものは、まばらだった。
「辺境の村だから、寂れたんじゃないのか」
「昨日、わしが通った時も、こんな感じでしたがの」
 リュオネスと、ディウロがそう言っているところへ、後ろから声がかかった。
「失礼なこと言うなあ〜。人の村に」
「わあ!」
 リュオネスは驚きなが振り向き、声の主を見る。
「あ、君は、さっきの!」
 そう、先ほど、精神体として3人の前に現れた子供だった。
「さっき?」
 子供は、怪訝そうに聞き返す。ディウロが、
「む。いや、なんでもない」
 と答えた。キャルスラエルは、
「それより、村の中が、妙に静かなのですが」
 と問う。
「そうなんだ。ちょっと前から、この辺に、有害生物が現れるようになっちゃって。それでみんな、ひっそりと暮らしてるってわけだ」
 子供がそう答える。
 有害生物とは、人々に脅威を与える妖怪やら、怪物やらの類を言う。
「姉ちゃん達、このままこの辺、ふらふら歩いてたら、危ないからさ。良かったら、ウチに来ないかな、と思って、声をかけたんだ」
「じゃが、それでは、ぬしの家に迷惑がかかるじゃろ」
 ディウロが言うと、子供は、
「いーの、いーの。ウチはもともと宿場だからさ。でも、この状況でたいしたもてなしもできないから、格安にしておくよ」
 と答える。
「そうじゃったか。それでは……」
 ディウロは、ちら、とキャルスラエルを見る。
「ええ、一晩、お世話になりましょう」
 キャルスラエルが答え、3人は、子供の案内により、宿場へ向かった。


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