剣士と魔術師の帰郷・1章

 リュオネスが、洞窟のそばの馬小屋から、ライトニングを連れ出した時、ちょうど、白馬のトゥーランドットに乗ったキャルスラエルが現れた。
「おはよう、リュオネス。支度はできた?」
 トゥーランドットから降り、キャルスラエルはそう訪ねる。
「ああ、すぐに出発できる」
 自分の旅の荷物を、ライトニングの首の付け根にひっかけ、答える。
「あなたが付いてきてくれるって聞いて、私、すごく嬉しかったのよ」
 そう言われ、リュオネスはどきっとし、一瞬動きが止まってしまう。
「だって、一人じゃ不安だし、寂しいでしょう」
「あ、うん、そだね」
 別に、リュオネスとだから嬉しい、という訳ではなかったようだ。
 ほんの少しの落胆を、表に出さないようにし、リュオネスはライトニングにまたがる。
「今から出れば、陽が落ちる前には、麓の街には着くだろ」
 彼らの住居は、決して低くはない山の中腹にあり、麓までは、森の小道を通ったり、獣道としか思えない所があったりで、まあ、悪路と言って良いだろう。
「そうですね。ところで、私の家の場所は、知っていて?」
 キャルスラエルも、再び馬上の人となり、2頭の馬は、ゆっくり歩き出す。
「そういえば、聞いてなかったな。遠いのか?」
「タランです。ご存じですか」
 キャルスラエルが口にした地名は、彼らが現在住むオルレット王国の中の、ローナレン公爵領、その中の一番大きな都だ。
「知ってるさ。俺の故郷もその近くだ。同じ、ローナレン公爵領だからね」
「まあ、どこなの?」
「ナムロート。ま、はじっこの方の、田舎だけどさ」
「でしたら、通り道だわ」
 平坦で、乾燥した堅い道に、やがて草木が増え始め、樹木が立ち並ぶようになり、二人のゆく道は、完全に、森の中となった。
 そこに棲息する動物たちが、雄叫びをあげたり、木々の枝を揺らしたりする。
 その中で、リュオネスの耳には、不穏な音も聞こえた。
 これは、ここに棲むモノたちの気配ではない。今はまだ、正体がわからないが、なにか、大きな……。強いていえば、クマに似た感じがする、が……。
「キャルスラエル、何かイヤな感じがする。少し急ごう」
 リュオネスは、ライトニングの足を早めた。
「待ってください、私には、急がない方がいいように思えます」
 それでも、リュオネスにあわせ、トゥーランドットを走らせる。走るトゥーランドットの様子が、少しおかしい。
「トゥーランドットが怯えています。勘が鋭いこの子が、急ぐなと、言っているわ」
「しかし俺の勘は、急げと言っている」
 リュオネスは、トゥーランドットの手綱を掴み、さらにライトニングを走らせる。トゥーランドットも、手綱を持たれ、走るしかなかった。
 走る程に、あの気になる気配は遠のく。自分の勘は正しかったと、リュオネスは思った。
 しかし、キャルスラエルは叫ぶ。
「待って!止まってください!駄目よ、駄目!!」
 そしてキャルスラエルもまた、正しかったのだ。
 左右の樹木が、めきめきと悲鳴をあげ、倒れかかってきた。
「うわ?!」
 ライトニングは駆け抜け、リュオネスの手から手綱が離れたトゥーランドットは立ち止まる。その為、倒木の下敷きになる事はなかった。
「大丈夫か、キャル!」
 リュオネスはライトニングを止め、振り返る。その目に入ったものは。
「……なんだよ、こいつは」
 倒木の、避けた部分から、蒸気のようなものがあがり、それは見る間に実体を造ってゆく。
「兵士……?」
 現れたのは、薄灰色で、鈍く輝く甲冑を纏った兵士が5人。甲冑の奥は、深い闇で、何も見えない。
「正確には、元、兵士だわ。今は人間ですらありません。死してなお、戦いの記憶が消えず、他の者の想念すらも取り込んで、この姿になったんだわ」
 トゥーランドットは、じりじりと後退する。
「待ってろ、すぐ、片づける」
 リュオネスは、ライトニングから降り、剣を構える。
 キャルスラエルは大慌てで荷物入れの中から呪文書を取り出し、『守護について』のページを探す。
「まとめてぜぇんぶ、かかって来いよ」
 リュオネスが片手で、くい、と手招きをする。その挑発の意が亡者である彼らに理解できたのかどうかは不明であるが、甲冑の亡霊兵たちは、ガシャガシャと音を立てながらリュオネスに向かい突進する。
 リュオネスは、ひゅうっと風を切り跳躍すると、次の瞬間には、2体を踏みつけ、他3体の剣を、自らの剣で受け止める。
 そしてすかさず剣を右横に引くと、亡者たちの剣はすっぱりと断ち切られる。最も右にいた亡者は、その体さえも真っ二つにされていた。
 リュオネスは、剣を引いた勢いにまかせ、くるっと一回転しつつ、後退する。
 再び剣を構えた時、2体の亡者が断ち切られた剣を振り上げ、リュオネスに迫っていた。尚、先ほどまでリュオネスに踏みつけられていた2体は、今やっと起きあがっている所である。
 リュオネスは、まず左側の亡者の懐に走り込み、下方から斬りつける。
 剣は亡者の胴体を貫き、上方に向かい、その身体である甲冑を裂いていく。が、さすがに硬度があるため、剣は胸部あたりで止まってしまった。
 リュオネスは舌打ちし、さらに剣を持つ手に力を込める。
「てやっ」
 亡者の体は持ち上がり、リュオネスはそれを、そのまま右方に迫って来ていたもう1体に叩きつける。
 2体は激しく凹損し、甲冑の部品は弾け飛び、そのまま動かなくなった。
 そうこうしているうちに、残る2体が、リュオネスを挟むように位置どっていたのだが、それらが剣を振り上げる前に、リュオネスは再び跳躍し、片一方の後方に着地、それと同時に、甲冑の首の継ぎ目に、平行に剣を差し込む。
 それから、剣の柄を、ぐいっと下に引き下げると、甲冑の首は、あっさりと飛んだ。
 そして、胴体の方から、しゅううっと、黒く濁った煙が吹き上がると、その場に倒れ、これもまた動かなくなる。
 最後の1体が、リュオネスの真横から、剣を振り下ろす。
 リュオネスは左足を軸に、亡者に向き直り、その剣を、自分の剣で受け止め、鍔迫り合いを始める。
 どちらかが、押し弾かれるまで続くか、と思われたが、リュオネスが亡者の腹を蹴りつけたため、それはすぐに終了した。
 亡者は地面に仰向けに倒れ、剣を持つその右手首を、リュオネスは踏みつけた。そして、亡者の左肩から右脇腹にかけて、袈裟切りに斬った。
 この亡者もやはり切り口からどす黒い煙を吐き出した後、微動だにしなかった。
 5体全て、倒してしまってから、リュオネスは自分の体が微かな「力」に包まれているのに気が付いた。どうやら、キャルスラエルが守護の呪文をかけてくれたらしい。
「キャル、有り難うな」
 そう言って、キャルスラエルに笑いかけた、が、そのキャルスラエルは、空の一点を見つめ、未だ怯えた表情をしている。
「まだ終わっていないわ。あれを見て」


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