剣士と魔術師の帰郷・10章

「おお、以外と普通だ」
 室内を見回し、リュオネスが感想を述べる。
「どういう意味じゃ」
「いや、もっとこう、殺伐とした部屋かな、と。5、6人の相部屋で寝台しかない、みたいな」
「まぁ、他の領地ではそういう兵舎もあるじゃろうな。しかし、兵は駒ではなく、むしろ家族に近いもの。タランではそう考えておるのじゃ」
 タラン正規軍に加入することになったリュオネスは、今まで与えられていた客間を引き払い、領主邸から少し離れた場所にある兵舎の1室を与えられることとなったのだ。兵舎とはいえ、机や箪笥などの家具も充実しており、生活していくうえでの不便は全く感じられない部屋である。ちなみにリーザは、他に住むところがないので今も領主邸の客間で生活している。
「明日からは訓練にも参加してもらうが……」
「が?何?」
「もしかしたら、訓練期間はそう多くないかもしれん。状況が状況じゃ」
 ディウロが渋面で告げる。
「って、ことは、すぐに戦が始まるかもしれないってことか」
「うむ……。実はこれからオルコット国の各領代表が集まり会議を始める。おそらく皆、シュズルダットに対し速やかに反撃するよう求めるじゃろう。向こうからの再撃を手をこまねいて待つつもりはないじゃろうからな」
「そうか……もしかして、俺、余計なことしたのかな」
 珍しく弱気なことを言うリュオネスに、ディウロはふっと笑った。
「お前さんらしくもない。やってしまった事に今更ごちゃごちゃ考えてどうする。あれが我が国にとって最善だったかどうかは判らぬ。じゃが、少なくとも、キャルスラエル様にとっては、最善じゃった」
「だったら、いいんだけど」
「しかしこれからは、キャルスラエル様の事より、タランの事を考えて行動してもらうぞ」
「ああ、わかったよ」
 と口では言いながら、きっとリュオネスが1番に考えるのはキャルスラエルの事なのだろうと、ディウロは心のどこかで判ってはいた。
「では、わしは会議に出席せねばならない身なのでな。そろそろ行くぞ。それと、客間の荷物を引き払う際に、キャルスラエル様にきちんと報告しておくのじゃぞ」


「リュオネス」
 リュオネスがキャルスラエルのところに出向くまでもなく、彼が今まで世話になった客間に荷物を取りに行くと、そこにキャルスラエルが待ちかまえていた。
「ディウロから、聞きました。正規軍に、加入するんですってね」
 躊躇いがちの笑顔でキャルスラエルが言う。
「ああ、まあな」
「驚きました。あなたが、そうするとは思わなかったから」
「そうか?でもあのジジイから、今回みたいな勝手な事されるくらいなら、正規軍に入ってくれた方が良いって言われてさ」
 そこでキャルスラエルはふふ、と笑った。
「ディウロは、彼なりにリュオネスを心配していたのですね」
 それから少し厳しい顔になって、
「私だって、今回みたいなこと、何度もあったら困ります」
と言った。
「………悪い。迷惑だったのかもしれないな」
「そういうことじゃなくて。あなたが、一人で危険な場所に行くのが心配なんです」
「そんな、心配するような事はないんだけどなぁ」
「それは、結果が良かったから言えるにすぎません」
 ぴしゃりと言われ、リュオネスは肩をすくめるしかなかった。
「悪かったよ。でも、今度からは、そういう事はないから、な?」
 するとキャルスラエルは小声で、
「私を連れていってくれるなら、咎めませんよ」
と悪戯っぽく笑って言う。
「え!そういうわけにはいかないだろ!さすがに!」
 慌てるリュオネス。
「言ってみただけです」
「あ、そ、そう?なら、良いんだけどさ。あー、びっくりした」
 ほんの僅か、キャルスラエルが寂しそうに瞳を伏せたことに、リュオネスは気づけただろうか?
 気を取り直して顔をあげたキャルスラエルは、笑顔に戻っていた。
「ライトニングの馬房も変わるんですよね?」
「ああ、荷物を運んだあと、あいつも連れて行く」
「そうですか、ではこれからは、気軽にライトニングにも会えなくなりますね。私、ライトニングに会ってきます」
「ああ、ありがとな」
 キャルスラエルはするりと踵を返し、馬房へ向かった。
 その後ろ姿に、リュオネスは心の中で、呟いた。
 大丈夫。もうあんな無理をしなくても、キャルスラエルを守ってあげられるから。
 だけどその後、一人で部屋の片付けをしていたリュオネスは知らない。
 キャルスラエルがライトニングの首筋を撫でながら、彼女が吐露した心の裡を。

「リュオネスが私が知らない戦場に行くのは嫌、私が知らない場所で怪我をしたりするのは嫌……でも、こんなことを言うのは、我が儘なのでしょうね……」
 二人の心は同じ所を向いていながら、どこかすれ違っているのかもしれない。今はまだ。


 タラン領主邸には、オルコット国12領の代表が会議を執り行うために集まりつつある。
「なぜ私たちの方から、タランに向かわなければならないのか、全くもって疑問ですがね」
 がたごとと揺られる馬車の中で、不服そうに呟く黒髪の少年がいた。
「まぁまぁ。だって今回は、タランが狙われていたわけだし。いいんじゃないの」
 その隣で、ほんわかした笑顔を浮かべる青年。
「エイム様。あなたがそんな意見でどうするんです。これでは我がノイ領がタランより格下みたいではありませんか」
 口調を荒くする少年。一方、エイムと呼ばれた青年は、
「そんな、考えすぎだよ、ゼナイン」
と、少年を諭す。
 少年、ゼナインはふう、とため息をつくと、
「エイム様は考えなさすぎです」
と言うと、ふいとそっぽを向いて外を眺めた。
 ノイから離れれば離れるほど、良く言えばのどか、悪く言えば田舎の風景になっていく。
 どうしてこんな領地が……こんな領地の領主が我が領主よりも王位継承権が上なのだ?そのおかげで、ノイの価値はどんどん下がっていく。実に面白くない。
 ノイ領主エルノはオルコット王の甥であり、王位継承権第4位であった。そのおかげもあって、領地はそれなりに繁栄していた。
 それが、オルコット王に歳の離れた弟が生まれ、さらにその子が生まれ……エルノは王位継承権からどんどん脱落していった。そうしてだんだんと、その事実が領地にも影響していき……。
 だが、ノイ領民は誇りを捨ててはいけない。タラン領になど負けてはならないのだ。
 と、ゼナインは両親から教え込まれていた。病に倒れた父の跡を継ぎ、最年少でタラン領主側近の仲間入りをし、現在はエルノの第1子、エイムの側近として働いているゼナインは、いつだって、ノイ領が一番であり、その為に尽力するつもりであった。
 それなのに。
 今回の出向は屈辱的である。
 仮にも、国の今後を左右する会議である。
 それが、タラン領で行われるなどと。
「全くもって、不愉快ですよ」
 ゼナインはエイムに気取られないように呟いた。
 何しろ、エイムのこのふわっとした感じも気に入らないのだ。ノイ領の未来を託せる人物とは思えないのだから。
 なら、自分はノイの為に何をすべきか。
 ゼナインはずっと考えていた。もしかしたら、それを実行する機会がやっと、やってきたのかもしれない。そう思えば、この不愉快な出向も、意義あることに変わるだろう。
 ゼナインはにっこり笑顔を作り、エイムに向き直る。
「まあそんなところも、あなたの良いところではありますよね」
「あはは、ありがとう」
 自分の企みを露程も知らず微笑むエイムを、ゼナインは笑顔のまま心中で罵倒した。


 結局キャルスラエルは、リュオネスが自室の荷物を運び終わり次にライトニングを軍の馬房に移すために迎えに来るまで、ライトニングの傍にいた。
 なので、リュオネスと一緒にライトニングの新しい馬房についていくことにした。
 領主邸の敷地内をてくてく2人と1匹、他愛のない話をしつつ歩いていると、何台もの馬車がその脇を通っていった。
「今日はえらく人の出入りが多いな」
「国内12領を集めた会議があるそうですよ」
「ああ、そういえば、ディウロも会議がどうとかって言っていたっけ」
 自分には直接関係ないと思って呑気にしているリュオネスの隣で、もしこの会議で正式に戦が決定されれば、リュオネスも戦場へ行ってしまうのかとキャルスラエルは胸がざわついた。
 そんな2人の横を通り過ぎていくノイの馬車。そこに、自分たちの行く末を左右してしまうような陰謀を乗せているとは、2人とも気付かずに。
 領主邸の敷地を出て、500歩も歩かぬうちに兵舎がある。リュオネスが馬房にライトニングを繋いでいる間、キャルスラエルはじっとその様子を眺めていた。
 作業を終えたリュオネスが、「じゃあ、おとなしくしてろよ」とライトニングの首筋を叩いてから振り返る。それを見計らって、キャルスラエルが声をかける。
「あの、リュオネス」
「ん、何?」
「明日からは、そんなにたくさん、自由時間ってないんですよね」
「あー、まぁ。今までよりはな」
「だったら少し、一緒にいませんか」
 幼い頃に出会ってからこれまで、会いたいと思った時に自由に会えなかったことはなかった。いつだって、近くにいた。キャルスラエルが領主の娘だと知った後だって、一緒に旅をして。いつも少し視線を動かせばそこにいて。
 明日からはそうじゃなくなる。実感が湧かないが、これまでのようにはいかないのだろうことは想像できる。
 これから減ってしまう2人の時間。なら、その分を今日、補填しておきたい。そんな気持ちがリュオネスにもあった。
「そうだな」
 キャルスラエルの案内で領主邸庭園の東屋に辿り着く。途中、出会った使用人に茶の用意を頼む。
 東屋を囲む大輪の花々は、風にふかれるとはらりと花弁を落とした。それを見て、ああ、この街には生命の時間が戻ってきたんだな、と改めて実感する。
 ひとしきり、それぞれの師の元にいたときの思い出話、タランまでの旅の思い出話で笑い合う。
「メレンデさんは俺の扱いがひどかったよな。食材を獲って来させたり、椅子を作らせたりさせられてさ。俺は漁師か家具職人か、って思ったよ」
「あなたが来るまでは、オーシェルメル様がやらされていたそうですよ」
「………」
 2人の師は今何をしているだろう。オーシェルメルはしばらく竜に戻ると言っていた。
 同じ竜でも、リーザとは若干生態が違うのだろうか。
「今度はいつ、会えるでしょうね。メレンデ様にもオーシェルメル様にも」
「まず、この状況が落ち着くまではタランを離れられないだろうからな」
「リュオネスは、ご家族に会いに行かなくても本当に良かったんですか」
「う〜ん、なんというか、タイミングを逃したな」
「ごめんなさい」
「いや、キャルが謝ることじゃない。俺が決めて行動したことだし。むしろこっちが感謝してる」
 そう言うと、キャルスラエルが驚いたように僅かに目を瞠る。
「なぜですか」
「自分がどういう道を進みたいか、わからせてくれたから。これまで、剣を振るう目的は、ただ強くありたいからっていう漠然としたものでしかなかったけど、今は違う」
「今は、はっきりした目的があるのですね。どんな目的か、聞いても良いですか?」
「……っ」
 リュオネスは言葉に詰まった。
 本人の目の前で、キャルスラエルを守りたい、なんて言いにくい。キャルスラエルも察してあげれば良いものを、と思うなかれ。彼女もなかなかに、こういう感情に関しては鈍いのだ。
「えーと、その、なんだ」
 どう言って誤魔化そうか?いや、簡単に秘密って言っておけばいいんじゃないのか?だけどほんの少しだけ、キャルスラエルに自分の気持ちを知ってもらいたい欲求も頭を出したり引っ込めたりしている。だってそうだろう、キャルスラエルに何かを伝える機会は、今後滅多になくなるかもしれないのだ。
 リュオネスが迷いに迷って半ば混乱している折、少し離れた場所で突然、破砕音が響いた。
 咄嗟にリュオネスはキャルスラエルを引き寄せ自分の胸に抱きかかえる。
 音のした方向に鋭く視線を走らせると、庭園の端で、庭師が水浸しになっていた。その足下には、壊れた木製の桶。かなりの大きさだったと思われる。満杯になったそれを落としてしまったのだろう、そのため必要以上に大きな音が発生してしまったのだ。
 原因がわかれば、ほっと胸をなで下ろすと共に、こんなことで狼狽えた自分に笑いがこみ上げる。
「なんだよ、びっくりさせるなよな」
「本当ですね」
 くすくす笑うキャルスラエルが自分の腕の中にいる。
「こうやってキャルを守ることが、俺の目的なんだと思う」
 ごく自然に、そう、口をついて出た。
 しばしの沈黙が降り注いだ。
「……今の、なかったことにしてくれる?」
 頭の天辺から冷や汗が吹き出しそうになりながらリュオネスは言った。
 なかったことになんてなるわけないだろ、と自分でも思わずにはいられない。が、キャルスラエルは
「では、そういうことにしておきます」
と、笑顔ともなんともつかない表情で答えた。


 広間に楕円に並べられた机、そこに各領代表は着席し、ただ1人立ち上がり皆を睥睨している少年に注目していた。先ほどまでここかしこで囁かれていた声は静まりかえっている。
「もう一度言います。我がノイ軍は戦には参加できません」
「ちょっ……ゼナ、君、何言ってるの」
 狼狽えゼナインの袖を引っ張り彼を座らせようとするエイムを一瞥し、彼は言葉を続ける。
「例え参加したとしても、我が軍の兵士は功績をあげないでしょう。むしろ全体の士気を削ぐ結果になりかねませんよ。それでも良いのですか」
「そうだったの?」
 一番驚いているのはエイム。
「そうだったんですよ。あなたは本当にもう……何も聞いてらっしゃらないのか、それとも教えていただけなかったのか……」
 ゼナインは深いため息と共に呆れたと言わんばかりに首を振る。それからまた顔をあげて出席者全てを見回した後、タラン領主を見据える。
「兵士の中には、タランに対する確執を持つものが多く存在します。その理由は、おわかりですよね?」
 タラン領主は無言で頷いた。自分の出生により、ノイ領の地位が落ちたこと、それを良く思わない民がノイには多くいることはよくわかっていた。
「ただし、今はノイだけが孤立している場合では無いことも確かです。何か、和睦のきっかけとなるものがあれば、領民の心も変わるでしょうし、兵の士気も変わるかと………」


「すみません、こんな事になっちゃって」
 キャルスラエルの目の前で、頼りなさげな青年が身を縮めて謝罪している。
「いえ、いいんです。あなたが謝ることではないわ」
 キャルスラエルがそう言うと、青年の隣にいた少年も、
「そうですよ、エイム様が謝ることじゃないんです」
とばっさり言う。
 滅多に立ち入ることのない領主の執務室に呼ばれたかと思えば、この2人と引き合わせられたのだ。
「どうしても、とは言いません。けれど、これが最善の策であることは確かです」
 ゼナインが告げる。
「大きな帝国を相手に戦をするんです、どこかにほころびがあってはいけない。そのほころびを繕うために、一番わかりやすい形が両家の縁談であると、ご理解いただけるかと」
 理解できないわけではない。だが、すぐには気持ちが追いつかないのだ。
 ゼナインは他の者が口を開く前に、
「すぐにお返事を、とは言いません。しかし、お考え願います。私たちは10日ほど滞在しますので、その間に。……では、失礼しましょう、エイム様」
 ゼナインは領主に一礼するとくるりと身を翻す。
「なんかほんとに……ごめんなさい」
 その後を、エイムが謝りながらついていき、
「ですからあなたが謝ることじゃないんですっ」
と、ゼナインに一喝されつつ執務室を出る。
 彼らの足音が聞こえなくなってから、領主が
「そういう話なんだよ、キャルスラエル」
と重い口を開いた。
「だが、向こうも言っているように、絶対条件ではない。それに私は、お前が自分で、自分が幸せだと思う道を選んで欲しいと思っている」
「……はい、いろいろ、考えてみます」
 そう答えたものの、キャルスラエルは混乱するばかりだった。
 整理しきれない頭を抱えながら執務室を出ると、部屋の脇にディウロが待っていた。
「お話しは伺っておりました。キャルスラエル様、一言だけ言いたくて、待っていました」
「ディウロ……」
 キャルスラエルと並んで歩き、ディウロが告げる。
「領主様も仰っていたとおり、あなたが自分で幸せだと思う結論を出してくだされ。ノイ軍の加勢がなくとも我らはやっていけます。しかし、あなたの幸せがなくては、少なくともわしは、働けません」
「ありがとう」
 キャルスラエルは薄く微笑んだ。

 自分の幸せ、とはなんだろう。
 改めて問うと答えがどんどんぼやけていく。
 自分が誰と共に過ごしたいか?
 きっと、それだけではなく。
 いつかこんな話が持ち上がるだろう可能性があることは、少なからず予想していた。
 だから、きっとすぐに決断できるものと思っていた。
 けれど、いざ目の前にその話が持ち上がると、簡単に全てを受け入れることができなかった。
 もうすでに、共に過ごしたいと思う人がいるから。
 重ねてきた時間は充分ではなく、これからも共に時間を重ねていきたいと願う。
 しかし、それだけが本当に幸せなのか。
 

 キャルスラエルが悩みつつも数日を過ごした夜のこと。
 やはりまだ考えがまとまらず、キャルスラエルはそっと庭に出て歩き始めた。
 空を見上げれば、曇り空で星は一つ二つしか見えない。
『たっくさんの星を眺めていると、気分がすっきりするのよねー』
 メンデルがそう言って、魔法の鍛錬ついでにたくさんの星―――正確には星のように瞬く火花だが―――を出してみたこともあった。
 それを思い出し、キャルスラエルはそっと呪文を唱えると、ぽんぽんと空に星を打ち上げる。
 確かに少し気分が晴れる。が、根本的解決にはなっていない。
「あ、やっぱりキャルスラエルだ」
 ふいに声をかけられ振り向くと……。
「リュオネス」
 タラン軍の軽鎧に身を包んだリュオネスが、そこにいた。
「俺、夜の見回り当番だったんだ。遠くから魔法が見えたから、もしかしたら、って思ってさ。こんな夜に、一人で庭なんか歩いてて大丈夫なのか」
 数日会わなかっただけなのに、今はとても懐かしく見える。
「リュオネス、私……」
 思わず心情を全て吐露してしまいそうになり、僅かに残った自制心でそれを押し込める。
 自分でも整理できていない心の内を話してしまうのは時期尚早だ。
「そうですね、そろそろ、部屋に戻ろうかと思います」
 キャルスラエルは踵を返しかけて足を止める。
「そうだわ。これだけ、聞かせてください」
「何?」
「この前私に言ったこと。あれは、やっぱり、なかったことにしてしまわなければならないですか」
「え……」
 何を言われたかわからない様子だったリュオネスだが、すぐに先日、庭の東屋でキャルスラエルに言った「キャルスラエルを守ることが目的」発言のことだと思い当たり、
「えーと、それは」
と口ごもる。
「私ね」
 キャルスラエルは狼狽えているリュオネスの頬にそっと指を伸ばした。
「私、きっとあなたが好きです」
 リュオネスは息を飲むと、キャルスラエルの手をとった。
「それは、俺もだよ」
「良かった」
 キャルスラエルの瞳が三日月のように笑う。
「私、あなたと一緒にいたいです」
「うん、俺も」
「でもね」
 キャルスラエルから笑みが消える。彼女の脳裏に、街に住む人々の姿が思い浮かぶ。
「それだけじゃ私、心の底から幸せにはなれないんだと思います」
「キャル……」
「自分が、どちらをより望んでいるのか、ずっと考えていました」
 キャルスラエルは星の少ない空を見上げる。そこに、何か答えが書いてあるかのように。
「ノイ領のエイム様とのご縁がありました。ノイ領と結束を強めることは、タランにとっても利益のあることかと思います」
 キャルスラエルが何を言わんとしているのか気づき、リュオネスは彼女の横顔をじっと見つめた。
「タランの人々の生活が少しでも良くなること、それも私の幸せなんです」
 そこまで言ってキャルスラエルはするりと視線を空からリュオネスへと落とす。
「私が、私個人だけの幸せを求めるのは、今日までにしようと思います」
 ゆっくりと、再び、キャルスラエルの顔に笑みが戻る。
「だから、今日までは……明日になるまでは」
 一緒にいてくれますか、と、キャルスラエルは小さな声で言った。



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