郊外に建つ、ごく普通の一軒家。
母親は、小さな庭で形ばかりのガーデニングを楽しみ、父親は、中古ではあるが安くはない自動車を、週末ごとに磨きあげる。
高校生の娘は、明朗快活、器量もいい方で、親は嬉しくもあり、いらぬ心配もあり、といったところだ。
中学生の息子は、少し内気なところもあるが、成績は優秀で、来春には、人に自慢できる程の高校に、進学することができるであろう。
両親は、思っていた。これが、ごく普通の家庭の、幸せだろうと。
ゆったりと、夕食後の時間を過ごしながら、そう信じきっていた。
「英良(えいら)、さっさと、お風呂に入っちゃってよ」
母親が、台所で洗い物をしながら、娘に声をかける。
「待って、これから、見たいドラマが入るの。そうだ、冴良(さえら)、先に入って」
英良は、居間でソファに深く腰掛けたままで、弟を呼ぶ。
しかし、返事はなかった。
「あれ?お母さん、冴良は」
「さあ、もう部屋に戻って勉強でもしているんじゃないの。受験生なんだし」
「っもー。お父さ〜ん。先、お風呂入ってー」
「テレビなんて見ている暇があったら、風呂ぐらい、入ってきたらいいだろう」
父は、新聞から目を離さずにそう言う。
「誰でもいいから、早く入ってちょうだい。そうしないと、後がつかえるんだから」
母の声が、少しいらついてきたのを察知し、英良は、はいはい、と、立ち上がる。
ドラマは、友達の誰かがビデオにとっているはずだから、それを借りよう。
シャワーから勢い良く出された水が床や壁面を打つ音が聞こえてくる、脱衣場。
弟は、そこにいた。
脱衣籠の中には、脱ぎっぱなしの英良の衣服や、下着が積まれている。
冴良は、そっと、磨りガラスの扉を窺う。
姉の、英良の影が動いている。
その影だけを目に焼き付けて、冴良は、そっと、脱衣場を出る。
自室に入ってから、冴良は、先ほどの行為を後悔するように、ぎゅっと、目を瞑り、頭を抱え込んだ。
しかし、いくら強く目を閉じても、磨りガラス越しの、英良の姿は消えない。
それどころか、いつしか、冴良の脳裏には、よりはっきりと、英良の姿が浮かび上がる。
磨りガラスに映った暗い影が、だんだんとクリアになる。
肌の色が見え、輪郭がはっきりとしてくる。
水の粒が、英良の肌に落ち、それが2粒、3粒と融合し、球となって、滑り落ちる様が見える。
水の球は、英良の肩から落ち、鎖骨で少し留まり、それからまた落下する。
ふくよかな乳房をつたい、乳首に到達したのち、その先端から、床に落ちる。
そこまで見えてしまって、冴良は叫びだしたい衝動にかられる。
しかし、そんな事をしては、居間にいる両親に不審がられる。
冴良の叫びは、喉元での低い唸りになったにすぎず、そしてその唸り声は、自らの頭蓋の中で反響する。
冴良は髪をかきむしりながら、ベッドに倒れ込んだ。