大丈夫か?


 街灯の少ない夜の道路だ。暗い洞窟の中を手探りするみたいな感覚で、俺は車を走らせる。
 1時間前にエンジン直結で盗ってきたばかりのセルシオだ。状態は良い。車に金をかけるのが趣味なヤツだったらしく、内装は豪華だし、けったいなオーディオが積み込まれている。これは、あとで全部剥がして売っ払っちまおう。なに、製品番号を削り取った機材だって、海の向こうじゃ結構良い値で売れるからな。
 俺は、今日の獲物を早く自慢したくて仕方なかった。毎晩仲間が集まる海へとアクセルを踏み込む。
 夏場には海水浴場として賑わうビーチだが、シーズンオフには管理するヤツが誰もいないものだから、俺らの恰好のパーティー会場だ。
 誰か彼がが盗ってきた車を浜辺で乗り回し、明け方にはそいつでキャンプファイヤーをする。
 しかし、今日はこの車を手に入れるのに、少々時間がかかってしまった。もう皆集まってきていることだろう。
 早く行かなければ。
 道路の右手側に目を走らせる。そこにはだだっ広い草っぱら。この向こうにビーチがある。
 どうせ後で燃やす車だ。大事に走らせる事もないだろう。
 俺はハンドルをきり、歩道を越え、草地に乗り込んだ。
 背の高い草が車の窓を叩く。
 伸び放題に伸びた雑草なものだから、タイヤにも絡みつく。その様子が、足元からの感覚で伝わってくる。車の機動力も若干悪くなったようだが、細かなことを気にするまでもない。
 転がっている石やらなんやらを乗り越えて、車は何度かバウンドし、やっと草むらを抜ける。
 ビーチのすぐ横の道路に出て、車は再び、快適な走行場所を得た。
 しかし、草むらの中を無理矢理走ってきたものだから、タイヤか何かに雑草をくっつけたまま来てしまったのだろう、車の腹で雑草をずるずると引きずっている感覚がある。
 少々不快だが、まあ、仕方ないか。
 始めはそう思っていたが、この雑草、なかなか落ちない。しかも、かなりな量ならしく、なんとなく車も重たい感じがする。
「大丈夫か?」とすら思ってしまう。盗品ですぐに焼却処分するとは言っても、充分に楽しむ前に故障されてしまっては、俺の手柄も半減だ。
 道路の脇に、潰れたコンビニの跡地を見つけて、俺はそこに車を乗り入れ停車した。
 とりあえず、車にくっついてしまった草を取り払ってやるか。
 そう思い、俺は車から降り、後部に回ってしゃがみ、車の底を覗き込んだ。
 車の腹からは、長い雑草が垂れ下がっている。枯れ草だったらしく、この暗い中では真っ黒に見える。その根本は互いにがっちりと絡み合っているらしく、まるで球体の様になっていて……まるで、人間の頭に髪が生えているような。
 ……まるで?
 その時、がくんと球体が車の腹から落ちて、地面にごつりとぶつかった。
 球体には、わずかな光を反射して鈍く光る2つの眼球が埋め込まれていて、その目は俺をじっと見据えていた。
 草地を引きずられて、雑草のように小汚くなった長い髪の女が、ぐちゃぐちゃに変形した頭と顔を泥と血で見苦しく染めて、俺を恨めしそうに見据えていた。

                               END

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