コンビニ

 私は、コンビニのアルバイト店員。
 水曜日以外の午後は、たいてい仕事に出ている。
 コンビニって、いろいろな人が来るけれど、以外と常連客も多い。おそらく、近所に住む人なんだろう。
 主婦らしき人もよく来る。総菜や弁当を買って帰る。それが常連だったりすると、この人、家で食事作ってないんじゃないのか、等と、余計な事を考える。
 子連れのお母さんも多い。こういうお客さんにお願いしたいのが、子供から目を離さないで欲しい、ということ。そして、子供が商品にいたずらしそうになったら、すぐ叱って欲しいのだ。「店員さんに怒られるでしょ」などという叱り方は、もっての他だ。
 叱るのは、店員ではなく、母親の役目なのだから。
 もっと最低なのは、やむなく店員である私が子供に注意すると、あきらかに不機嫌になる母親。中には、「もっと言い方に気をつけてよ!」と、怒鳴ってくる者もいる。
 はあ、こちらが悪いんですか?と思っても、口にも表情にも出してはいけない。
 こういう母子が常連客だと、困ってしまう。だが、実際に、今、目の前にいる母子がそうなのだ。
 この子供、鮭のパックに指で穴は開けるわ、コーラのペットボトルをシェイクして回るわ、サンプルとして出してあるストッキングを全部伝線させてしまうわで、母親の買い物が終わるまで、外に出してやりたいくらいだ。
 母親が、弁当コーナーで、幕の内の洋風と和風を見比べている間、子供はてくてくとレジの前までやってきた。
 そして、カウンターの隅に置いてあるタバコのコーナーを指差し、
「これ」
 と、舌足らずな声で言う。
 私は、多分ひきつっているだろう笑顔で、
「これはね、ボクが買っちゃいけないんだよ〜」
 と言った。
「やだ。これちょうだい」
 ええい、聞き分けのないガキめっ。……などとぶち切れてはいけない。アルバイトとはいえ接客業だ。
 すると母親がすっ飛んできて、
「まーまー、どうしたの、こうちゃん、大声で」
と言うと、『こうちゃん』なるガ……いや、子供は、
「このおねーちゃんが、これ、くれない」
 と言ってのける。
 誰がやるか。商品だっての。母親が、きっ、とこちらを睨んだので、私は、
「あの、お子さまですので、タバコの方はお売りできないんですよ」
 と弁明した。が、母親は、ますます目尻をつり上げ、
「そんな事、この子が言いましたッ?子供が欲しがるのは、この、おまけに決まってるじゃないですか」
 と、タバコのケースの上を指差す。そこには、タバコの「おまけ」が置いてある。
 いや、それって、ライターだし。タバコ買わなくちゃあげられないし。『おまけ』と名がつけば、何でも欲しいのか、子供は。
「これでしたら、こちらの新商品のタバコをお買いあげになると、ついてきますよ」
 今の笑顔は、完全にひきつったな、私。
 母親は、これみよがしに、ふーっとため息をついて、レジカウンターに買い物かごを乗せ、
「じゃ、そのタバコ一つちょうだい」
 と、言った。
「かしこまりました」
 と、私がケースの裏側から、タバコを取り出す。
「ホントは私、タバコなんか吸わないんだけどねぇ」
 母親は、嫌味たらしく言うが、もう聞く耳持つものか。
「おまけ、おまけ」
 と、子供が騒ぐので、私は、レジを打つ前に、母親にライターを渡した。
「危険ですので、お子さまのお手の触れない様、お願いします」
 一応そう注意したが、聞かないだろうな。ほら、やっぱり、すぐに子供に手渡した。
 子供はすぐに、ライターをかちかちと鳴らし始める。
「あの、そういった事は、店の外でして下さい」
 ああ、注意してしまった。これでまた、母親は怒り始める。ほ〜らね。
「何よ!ただ触っているだけでしょう!火をつけてる訳じゃないじゃないの」
 はいはい。まったく……。むかむかしながら、私は、レジを打ち始める。
 牛乳、卵……こんなもん、コンビニじゃなくてスーパーで買えよ。
 スナック菓子、からあげ、幕の内弁当、ペットボトルのお茶……。
 ガーっと、自動ドアの開く音がした。
 私は、レジから目を離さずに、「いらっしゃいませー」と声をあげる。
 最後にタバコ、と……。
「1876円になります」
 と、顔をあげる、と。
「か、金を出せ」
 目の前にいたのは、あのとんでもない母親ではなかった。
 むしろ、更にとんでもない人のようだ。
 黒い帽子に、大きなサングラス。暑くないのか、その皮ジャンパー。ご丁寧に、黒の皮手袋まではめてるものだから、口許を覆うマスクの白さが際だつ。
 そのマスク越しに、男(背格好や、声から、男だと思慮される)はもう一度、
「金を出せ」
 と言って、手に持った物を掲げる。
 何、それ。ペットボトル?中に何か入ってる?
「あの、お金なんて、そんなに無いです」
 コンビニ強盗に備えて、レジの中には、必要最小限の現金しか入れないことになっている。
「いいから出せよぉ」
 男は、ペットボトルの蓋を開ける。すると、鼻をつく匂いがした。
 うわ、これって……!!
「言う通りにしろ!でないと、この店焼き払ってやる」
 と、灯油じゃない?
「で、でも、本当に、無いんです。今は、これしか!!」
 私は、レジの中身、数千円をカウンターの上にぶちまけた。
 身体がすくみ上がってしまっていたせいか、上手く動けなくて、お金は床にばらばらと落ち、私は勢い余ってカウンター越しに、強盗の男に体当たり。
 ばしゃ。
 液体の音と共に、灯油の匂いが充満した。
 こ、こぼれた!!
 しかも、間の悪い事に、店内の隅っこで抱き合って怯えていた母子の、息子の方が突然声をあげて泣き出した。
 逆上するかと思った男は、案外小心者だったらしく、ちっ、と舌打ちすると、ペットボトルの中身をこぼしながら、店の外に走って出ていく。
「ふぅ〜〜〜」
 私は大きく息をつき、へなへなと、その場に座り込んだ。ああ、そうだ、落としたお金を拾わなくちゃ。でも、まだ、座っていたい。というより、立ち上がれない。
 こぼれた灯油も、拭かなくちゃいけないのに。
 ん?灯油?
 私は、嫌な事を思い出した。
 あの子供、ライター持っているんだった!!
 いや、でも、いくらあの母親でも、ここで火を点けるような真似は、させるまい。
 私がそう思っていると、母親の慌てた声が聞こえてきた。
「こうちゃん!駄目よ、今、こんな危ないもの持っていちゃ」
 そうそう。危ないから、子供は持っていちゃ駄目よ。
 私は、てっきり、母親がそのライターを取り上げるものだと思っていた。
 いやぁ、甘かったなあ。
 母親は、
「こんなもの、ポイしなさい!」
 と命じた。
 えええ〜〜〜っ?
「うん」
 ぐしぐしと泣きながら、子供は、手に持っていたライターを、ぽぉん、と放り投げた。
 かつん、かつん。
 ライターは床にバウンドして。
 ぼっ。
 どこにどう当たったのか知らないが、点火してしまった!
「きゃあああ!ちょっと!!」
 私は、さっきまでの脱力感が嘘の様に、勢いよく立ち上がる。
 ライターの火は、見事に、床にこぼれた灯油に引火。
 私は慌てて、カウンターの後ろにある、手洗い場の水道の蛇口に手を伸ばす。
 ああ、でも、水を汲むものがない!
 仕方がないので、自分の両手に溜められるだけの水を溜め、それを運ぶ事にした。
 が、うまくいく訳がない。
 そうこうしているうちに、火は燃え広がってしまうじゃないか。
 私は、振り返って、火元を見る。
 火は、燃え広がりはしなかった。
 ただ、灯油の筋を辿っていった。
 床には、外に向けて、灯油の筋が流れていたのだ。あっという間だった。
「わああああ!」
 店外から、男の悲鳴が聞こえる。
 あ、そうか、さっき、かかっちゃったんだね。
 強盗男に、灯油が、さ。


 火傷を負った男は、すぐに捕まえられた。
 その事件以来、『こうちゃん』が店の物にいたずらする事も少なくなり、その母親もおとなしくなったので、私にとっては、万々歳、というところかな。
 それでも、こんな目に遭うのは、二度とご免だ、と思うんです。



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